つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200758

アオモンイトトンボの雌に出現する色彩2型と雄の配偶者選好性

高橋 佑磨(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:渡辺 守(筑波大学 生命環境科学研究科)

はじめに
 アオモンイトトンボ(Ischnura senegalensis)の雌の体色には、雄に似て鮮やかな青緑色の個体(オス型)と、隠蔽的な茶色の個体(メス型)の2型が出現する。この色彩2型は性選択により維持され、雌の2型に対する雄の配偶者選好性が選択圧になっていると考えられてきた。一般に、この配偶者選好性は学習によって可逆的に変化するとされてきたが、どのような経験が学習に関与するのかは明らかにされていない。そこで、本研究は、交尾の成功や失敗の経験が雄のもつ選好性に与える影響を調べ、雌の色彩2型の維持機構を解明することを目的とした。

材料と方法
 アオモンイトトンボの雌雄は、池沼周辺の草地で早朝に交尾を開始し、午前中いっぱい交尾を継続している。交尾を終了して連結を解消するのは午後になってからで、その後、雌は単独で水辺に飛来し産卵を開始する。一方、雄は水域の周囲を飛翔しながら産卵中の雌に交尾を試みるので、しばしば雌の産卵を中断させてしまう。
 雄がもつ生得的な選好性を調べるため、羽化直後に雌から隔離して飼育した雄(未経験雄)に対し、オス型とメス型の雌を同時に呈示する二者択一実験を行なった。次に、交尾の成功や失敗の経験が雄の選好性に与える影響を明らかにするため、早朝から正午まで(約4時間)網室内でオス型あるいはメス型の雌と同居させた雄に対して、その日の午後、もしくは翌朝に同様の二者択一実験を行なった。
 茨城県美野里の溜池において、午前中(09:00-11:00)、池畔沿いにラインセンサスを行なって雌の2型の出現頻度を推定した。ここで発見した雄に対し、早朝(07:00-09:00)と午後(13:00-15:00)に二者択一実験を行なった。

結果
 未経験雄を用いた二者択一実験において、オス型とメス型の雌はほぼ同様の割合で選択された(オス型:メス型=52:50,二項検定;n.s.)。オス型あるいはメス型の雌と同居させた場合、その間に交尾した雄は、午後の二者択一実験で、交尾した型と同型の雌を有意に選択したが、同居中の雌と交尾できなかった雄は、その雌とは逆の型を選択する傾向がみられた。同居後の午後は休息させ、翌日に二者択一実験を行なうと、同居中に交尾を経験した雄は雌の選択に有意な偏りを示さなかったが、同居中に交尾できなかった雄は、その雌とは逆の型を選択する傾向がみられた。
 ラインセンサスの結果、調査を行なった溜池では、オス型の割合が雌全体の約70%を占めていた。早朝、この個体群の雄は偏りのない選択性(オス型:メス型=8:10,二項検定;n.s.)を示したが、午後になるとオス型の雌を選択する雄が多くなった(オス型:メス型=15:3,二項検定;P<0.01)。

考察
 未経験雄に対する二者択一実験により、雄が雌の色彩2型に対する生得的な選好性をもっていないことがわかった。しかし、同居後の雄に認められた選択の偏りは、雄の選好性が「交尾の成功や失敗」の経験により変化することを示している。野外において、午後、雄の選択に偏りが生じた理由は、雄の選好性が午前中の交尾経験により変化したからに違いない。午後の雄が、産卵中の雌に対して選択的に交尾を試みて産卵活動を妨害するなら、雄の配偶者選好性は、雌の色彩2型に対する選択圧となると考えられた。


図1.二者択一実験の模式図。網室(30cm×30cm×30cm)内の壁面に、冷却して動けなくしたオス型とメス型の雌を1頭ずつ並べて固定し、雄に呈示した。



図2.二者択一実験の結果。( )内は供試した雄の数と二項検定による有意確率を示す。


©2006 筑波大学生物学類