つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200760
植物の時計遺伝子AtC401の発現制御機構の解析
田中 紀匡(筑波大学 生物学類 4年) 指導教員:鎌田 博(筑波大学 生命環境科学研究科)
【背景・目的】
環境の周期的な変化に伴って、生物はさまざまな時間的な周期活動を行い、年周期、月周期、日周期などのさまざまな階層のリズムが存在する。特に、日周期に適応した生物の約24時間を周期とする内生リズムはサーカディアンリズム(概日リズム)と呼ばれている。サーカディアンリズムは内生の振動子によって制御されており、ショウジョウバエ、ほ乳類、シアノバクテリアばかりでなく、高等植物でも、その内生振動子の中心を担う分子メカニズムが明らかにされつつある。また、高等植物の光周性花成誘導現象は古くからサーカディアンリズムとの密接な関係が認められている。光周性花成誘導では、外環境の光周期を受容し、内生の概日時計による暗期の長さの計測と時計制御遺伝子の発現調節を経て、最終的に花成が引き起こされると考えられている。
光周性花成誘導研究のモデル植物であるアサガオを用いた研究から、花成誘導暗期中に特異的に発現が上昇する暗期増加型のサーカディアンリズム発現を示す、PnC401が単離された。また、遺伝学的解析に適した長日植物シロイヌナズナを用いた研究から、PnC401のホモログであるAtC401が単離された。AtC401も暗期増加型のサーカディアンリズム発現を示す。また、AtC401のプロモーター配列断片(d3)にホタルの発光タンパク質ルシフェラーゼ(luc+)遺伝子を接続したキメラ遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナ(d3::luc+)においても、本葉および子葉において強い発光を示し、その発光量もAtC401同様、暗期増加型のサーカディアンリズムを示すことが認められた。さらに、AtC401 プロモーターの解析より、AtC401の発現は、真核生物のRNAポリメラーゼU型基本転写において最重要シスエレメントと考えられているTATAボックスを必要としない転写制御機構によって制御されていることが強く示唆された。植物にはTATAボックスをもたない遺伝子が約15%程度存在することが知られているが、サーカディアンリズム発現を行うTATA-lessプロモーターに関する報告はこれまでになく、植物界において珍しいプロモーター構造であると言える。
そこで本研究では、AtC401プロモーターのシス因子、トランス因子の解析を行い、時計制御遺伝子AtC401の発現制御機構を解明することを目的とした。
【研究方法】
1.AtC401プロモーターのシス因子の解析
AtC401のプロモーター断片(d3)中には、遺伝子発現制御に関わるシス因子の候補として、GATA転写因子が結合すると考えられるGATA配列と、植物の概日時計の中心を担う因子の一つであるCCA1が結合すると考えられるCCA1b様配列が存在する。本研究では、これらのうちのどの因子がシス因子として重要であるかを調査した。AtC401 プロモーターのコアプロモーターにあたる-13~+73の領域をタンデムに2つ接続したプロモーター断片(d5)を作製した。また、その断片中のGATA配列に変異を与えたプロモーター断片(ΔG5)、CCA1b様配列に変異を与えたプロモーター断片(ΔA5)を作製し、これらにホタルのルシフェラーゼ遺伝子を接続したキメラ遺伝子を構築した。それぞれのプロモーター断片の塩基配列を調べ、目的の配列であることを確認した。その後、アグロバクテリウムを用いたFloral dip法により、これらのキメラ遺伝子を導入した形質転換体シロイヌナズナ(それぞれ、d5::luc+, ΔG5::luc+, ΔA5::luc+と呼ぶ)を作出し、現在これらの芽生えにおける発光リズムを測定中である。
2.AtC401プロモーターのトランス因子の解析
AtC401の発現制御に関わるトランス因子の候補として、シス因子と同様、GATA転写因子と植物の概日時計の中心を担う因子の一つであるCCA1が考えられる。そこで、これらのトランス因子による発現制御の有無を調べるため、私の所属する研究室で育成されていたGATA転写因子の過剰発現体、CCA1の過剰発現体と破壊株、他の概日時計の中心因子の破壊株とd3::luc+植物体を交配させた。現在、そのF3植物体を得、これらの芽生えにおける発光リズムを測定中である。
【結果と考察】
1. AtC401プロモーターのシス因子の解析
コアプロモーター断片とルシフェラーゼ遺伝子を接続したキメラ遺伝子を有する形質転換体d5::luc+14個体、コアプロモーター中のシス因子と考えられる配列に変異を与えたプロモーター断片とルシフェラーゼ遺伝子を接続したキメラ遺伝子を有する形質転換体ΔG5::luc+4個体、 ΔA5::luc+16個体の作出に成功した。現在、d5::luc+、ΔG5::luc+、ΔA5::luc+植物体の芽生えにおける発光リズムを測定中である。卒業研究発表会では、これらのデータを併せて報告する予定である。この解析により、GATA配列とCCA1b様配列のいずれの配列が重要であるか等が明らかになるものと考えている。
2.AtC401プロモーターのトランス因子の解析
CCA1の破壊株や他の概日時計中心因子の破壊株とd3::luc+植物体の交配に成功し、現在、発光リズムを測定中である。卒業研究発表会では、これらのデータを併せて報告する予定である。また、CCA1の過剰発現体やGATA転写因子の過剰発現体についても順次交配を行っていく予定である。この解析により、AtC401プロモーターの発現制御に対するGATA 転写因子、CCA1および概日時計の関与が明らかになるものと考えている。
©2006 筑波大学生物学類
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