つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200761
円石藻Emiliania huxleyiにおける光合成の過酸化水素耐性能に関する研究田森 美緒(筑波大学 生物学類 4年) 指導教員:白岩 善博 (筑波大学 生命環境科学研究科)
背景・目的 酸素発生型光合成生物は、細胞内(特に葉緑体内)の酸素濃度が他の生物に比べ極めて高い。そのため、強光などの環境ストレスのために生成するH2O2により、
CO2固定回路を構成するチオール酵素群(GAPDH,FBPase,SBPase,PRK,及びRubisco)が酸化され、失活してしまう。H2O2による酵素の失活を防ぐために、植物は種々のH2O2消去機構を備えている。高等植物では、チラコイド膜局在性のアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(AsAP)が光合成電子伝達鎖周辺で生成する活性酸素を即座に分解していることが知られている。しかし、藻類においてH2O2消去系の局在性は、高等植物とは異なっており、チラコイド膜局在性のAsAPをもたないことがクラミドモナス及びユーグレナにおいて報告されている。このため、これらの藻類の葉緑体におけるH2O2濃度は、ミリモル(mM)オーダーに達する。そして、クラミドモナス、ユーグレナ、及びラン藻では、1mMのH2O2
にさらされても、光合成炭素固定活性が維持されるという報告がなされている(Takeda et al.
1995)。一方、高等植物葉緑体の光合成は10μMのH2O2で直ちに停止する。
このような、藻類における光合成のH2O2耐性は、カルビン・ベンソン回路において働くチオール酵素の構造に起因している。これらの酵素は、高等植物において一般に、酸化還元によってジスルフィド結合を形成することにより、活性調節を受けている。しかし、数種の藻類においては、調節部位に当たるシステイン基を持たないか、調節部位の近傍の立体構造が異なる為に、H2O2
による酸化をうけず、酵素が不活性型を形成しないことが明らかとなっている(Tamoi et al. 2001, 1998, and Kobayashi
et al. 2003)。
円石藻Emiliania
huxleyiはハプト植物門に属する海洋性微細藻類の一種である。E.huxleyiは1000μmolm-2s-1
の強光においても光合成の光阻害が起きないことが知られている。また、これまでH2O2への耐性については、緑藻やラン藻においてのみ調べられており、ハプト藻では全くその知見が得られていない。以上の理由からE.
huxleyiにおけるH2O2の光合成に対する影響を明らかにするという目的で研究を行った。
結果・考察 細胞懸濁液に1mMのH2O2を添加し、光合成活性への影響を調べた。実験は放射性同位体
NaH14CO3を基質として用い、その取り込み量から光合成炭素固定速度を測定した。また、すべての実験において、すでにH2O2に対する光合成の耐性の報告がなされている緑藻Chlamydomonas
reinhardtiiとの比較を行った。
その結果、1mMのH2O2にさらされても、E.
huxleyiの光合成炭素固定は保持されることが解った。また、 H2O2による阻害率をC.
reihardtiiと比較したところ、E.
huxleyiは12〜17%阻害率が低く、より高い割合で活性が維持されることが示唆された。よって、E.
huxleyiはこれまでに報告された緑藻のように光合成が過酸化水素耐性を示すとともに、何らかの理由でC.
reihardtiiよりも光合成炭素固定がH2O2
による影響を受け難いことが推測された。(Fig.1,2) ![]() ![]() Fig.1,2 E. huxleyiとC. reinhardtiiの光合成炭素固定量 H2O2処理は5分間、暗条件下で行った。光強度は350μmolm-2s-1、温度条件は各々20℃及び25℃である。 (2) 過酸化水素の添加によるCO2固定回路を構成するチオール酵素活性への影響 カルビン・ベンソン回路において働くチオール酵素である、GAPDH,FBPase,SBPase,及びPRKについて、その酵素活性に対するH2O2の効果の測定を現在試みている。細胞抽出液にDTT(Dithiothreitol)を加え酵素を完全に還元型にした後、SephadexG-25カラムにてDTTを除去、その後H2O2にインキュベートし、酵素活性を測定することで、酵素の酸化による不活性化が起こっているのかを報告する予定である。 (3) 標的チオール酵素のアミノ酸配列の予測 GAPDH,FBPase,SBPase,及びPRKについては、各々その酵素no1次構造と3次構造から、活性調節に働くシステイン基の有無がH2O2への感受性の有無に起因していることから、
E. huxleyiのこれらの酵素についても活性調節に働くシステイン基の有無を調べることを試みている。E.
huxleyiのESTデータベースから、これらの酵素と予測される配列を探索したところ、目的とする領域が欠けていた。このため、現在RACE法を用いて目的の領域を伸長し、同定することを試みている。
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