つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200763

バソプレシンによるオレキシン神経活性化メカニズムの電気生理学的解析

常松 友美(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:山中 章弘(筑波大学 人間総合科学研究科)

研究の背景
 オレキシンは1998年にGタンパク質共役型受容体の内因性リガンドとして同定された神経ペプチドであり、睡眠・覚醒の調節や摂食行動の制御などの重要な生理機能を担っている。オレキシン産生神経は視床下部外側野に特異的に局在し、その投射先は脳の広範にわたっている。一方で、オレキシン神経の活動を調節する求心性のメカニズムは未だ十分解明されていない。本研究では、オレキシン神経特異的にEnhanced Green Fluorescent Protein (EGFP)を発現するトランスジェニックマウス(オレキシン/EGFPマウス)を用いて、オレキシン神経に対するバソプレシンの作用をスライスパッチクランプ法によって詳細に解析することを試みた。

材料と方法
 2-4週令のオレキシン/EGFPマウスを用いて実験を行った。十分に麻酔したマウスからすばやく脳を摘出し、氷冷したスクロースベースのHepes-Buffer中で厚さ350μmのスライス標本をビブラトームを用いて作製した。得られたスライスは塩化ナトリウムベースのHepes-Buffer中で1時間インキュベートした後、実験に用いた。EGFPを発現したオレキシン神経は、蛍光顕微鏡下で同定し、近赤外微分干渉顕微鏡像を見ながら、ホールセルパッチクランプ法によりその活動を記録した。薬液は局所投与法により、オレキシン神経の近傍から投与した。

結果と考察
 カレントクランプによってオレキシン神経の膜電位をモニターしながら、バソプレシン(30 nM)を投与すると、脱分極とそれに伴う発火頻度の増加が見られた(fig. A)。脱分極はテトロドトキシン存在下でも観察され(fig. B)、その反応は濃度依存的であったことから直接作用と考えられた。また、ボルテージクランプによって膜電位を-60 mVに固定してバソプレシン(100 nM)を投与すると、20 pA前後の内向き電流が観察された(fig. C)。バソプレシンによって誘発される内向き電流を詳細に解明する目的で、反転電位を求めたところ約0 mV近辺であった。さらに、細胞外のカルシウムを除去するとバソプレシンによる内向き電流が増大し、非選択性陽イオンチャネルの阻害剤であるSKF96365によって、この内向き電流は濃度依存的に抑制された(fig. D)。したがって、バソプレシンによって誘発される内向き電流は、非選択性陽イオンチャネルが開口することで生じていると考えられる。
 次にオレキシン神経の活性化に関与しているバソプレシン受容体を薬理学的に同定した。バソプレシン受容体として3種類のサブタイプ(V1a・V1b・V2)が知られている。V1a受容体の選択的拮抗薬であるSR49059が、濃度依存的にバソプレシンによる内向き電流を抑制した(fig. E)。V1a受容体はGタンパク質共役型受容体であり、三量体Gタンパク質のうちGαqサブクラスと共役していることが報告されている。そこで、細胞内シグナル伝達経路を明らかにするため、ホスホリパーゼCの阻害剤であるU73122を作用させた。U73122はバソプレシンによる内向き電流を抑制したことから(fig. F)、受容体から非選択性陽イオンチャネルまでのシグナル伝達経路にホスホリパーゼCの活性化が関与していると考えられる。
 本研究により、バソプレシンがV1a受容体を介した非選択性陽イオンチャネルの開口によって、オレキシン神経を脱分極させていることが明らかとなった。今後はこのバソプレシン神経によるオレキシン神経への興奮性入力の生理的意義の解明を行う予定である。




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