つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200765

自然神経細胞死を抑制したマウスにおける脊髄反射路の電気生理学的解析

中川 直 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:尾崎 繁 (筑波大学 人間総合科学研究科)

 研究の背景と目的
 発生段階で産生されたニューロンは標的組織へ線維を伸ばし、そこで合成される神経栄養因子を競合的に獲得したニューロンだけが生存して他は自然神経細胞死を起こす。このメカニズムにより標的組織と神経投射との適切な量的関係が築かれ、神経系の機能が正常に発達すると言われている。一方、自然神経細胞死に関わる向アポトーシス遺伝子BAXの欠損マウス(BAX-/-)ではニューロンのアポトーシスが抑制されるので、野生型マウスと比べて過剰なニューロンが生き残る。出生直後のBAX-/-の腰髄では運動ニューロンと感覚ニューロンの双方が約1.5倍多く観察されている(Kinugasaら '02、Sunら '03)。これらニューロンの量的変化は脊髄反射路の機能発達に何らかの影響を及ぼすと予想されるが、BAX-/-の神経機能を調べた研究はほとんどない。そこで私は、標的組織に投射するニューロン数の調節が神経系の機能発達に及ぼす影響を明らかにするため、BAX-/-の脊髄反射路の機能を電気生理学的に解析し対照群(BAX+/+,BAX+/-)と比較した。

 材料と方法
 0-5日齢(P0-5)のBAX-/-および対照群から半切した脊髄摘出標本を作製し、酸素を飽和させた生理的塩類溶液(24-27℃)で灌流した。第4腰髄(L4)の後根と前根、L3の後根に吸引電極を付けた(図1)。後根に200 μsの矩形波電気刺激(0-10 V)を与えたときの応答を前根から記録し(通過帯域:0.5 Hz-10 kHz)、5試行を加算平均した。

 結果
 L4後根の最大上刺激(10 V)により、L4前根に持続時間の短い大きな応答とそれに引き続く長いなだらかな応答がBAX-/-と対照群の両者で記録された(図2Aa,b)。最初に現れる持続時間の短い大きな応答は単シナプス性反射応答と考えられている。髄節内反射の機能の指標として単シナプス性反射応答の振幅を両者で比較すると、P0-2では有意な差はないが、P3-P5ではBAX-/-の振幅が有意に小さかった (図2B)。次に髄節間反射の機能について、L3後根刺激がL4髄節内反射応答に及ぼす効果を指標にして解析した。対照群のL3後根刺激はL4前根に小さくなだらかな興奮性応答を誘発した(図3Aa)。L3後根刺激に続けてL4後根刺激を行うと、L4前根で記録される単シナプス性反射応答が抑制された(図3Ab,c)。L4後根刺激のみの応答を100%としたときの単シナプス性反射応答の振幅とL3およびL4後根の刺激間隔の関係を図3Bに示す。対照群では抑制効果がピークに至るまでの時間はP0-2と比べP3-5で短い傾向があった(図3Ba,b)。同様の抑制効果がBAX-/-でも見られたが、その程度は対照群と比べて小さい傾向があった(図3Bc,d)。さらに、髄節間の抑制効果に対するグリシン性抑制伝達の遮断薬ストリキニーネの効果を調べるため、5μMストリキニーネを灌流投与した。反射応答の増強効果も評価できるように最大上刺激より弱い3VでL3あるいはL4後根を刺激すると、L4前根に2,3回の連続した大きな応答が見られた(図4Aa,b)。抑制性伝達が遮断され運動ニューロンの興奮性が増加したと考えられる。L3後根刺激によるL4髄節内反射の抑制効果はストリキニーネ投与により消失し、逆に増強効果が現れた(図4Ac,B)。同様の増強効果はBAX-/-でも見られた。

 考察
 P3-5のBAX-/-では、脊髄反射路の単シナプス性興奮結合が対照群より低下していることが示唆された。BAX-/-の腰髄に過剰に存在する運動ニューロンと感覚ニューロンは、野生型と比べいずれもP0ですでに細胞体が小さく線維も細いので(Sunら '03、Whiteら '98)、ニューロンの興奮性や伝導に影響し脊髄反射路の機能が低下すると推測される。また、BAX-/-の一部の萎縮した運動ニューロンは出生前後に末梢組織への投射を失う(Sunら '03)。末梢投射を断ったニューロンは著しい機能低下を起こすので(Kinugasaら '06)、これがP3-5の単シナプス性興奮結合の機能低下の原因かもしれない。BAX-/-では介在ニューロンも過剰に存在する(Sun & Oppenheim '03)。結合の消失や萎縮といった形態変化が介在ニューロンでも起きていれば、抑制性髄節間反射の機能低下に関与する可能性がある。今後は両者の脊髄反射機能をより定量的に解析する必要がある。 


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