つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200767

転写因子Runx3の末梢神経発生における機能解析

西村 美香 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:志賀 隆 (筑波大学 人間総合科学研究科)

【目的と背景】
 RUNXファミリー転写因子は、ショウジョウバエsegmentation geneのruntとホモロジーの高いRuntドメインを持つ転写因子であり、哺乳類ではRunx1〜3の3つが同定されている。近年の研究から、Runx1は主に造血幹細胞に発現し、急性骨髄性白血病の原因遺伝子の1つとして、一方Runx2は骨芽細胞に発現し、鎖骨頭蓋異形成症との関連において、またRunx3は消化管粘膜上皮細胞に発現し、胃ガンの抑制遺伝子として、遺伝子の異常と疾患との関連が報告されており、Runxファミリー転写因子は、細胞の発生・分化過程において極めて重要な役割を持つと考えられている。
 ところで、Runx1とRunx3は発生過程の一部の神経系においても発現することがわかっているが、その機能については未だ不明な点が多い。そこで当研究室では、Runx3遺伝子欠損マウスの形態学的解析を行ない、このマウスでは固有感覚性DRGニューロンの軸索が中枢側の標的である脊髄前角と末梢側の標的である筋紡錘まで到達せずに途中で消失し、神経回路形成に異常があることを明らかにした(Inoue, Ozaki, Shiga et al. 2002)。なおDRGニューロン数に顕著な変化は見られなかった。一方、Levanonら(2002)は、別個に作出された同遺伝子欠損マウスの解析から、固有感覚性DRGニューロンの分化と生存の障害によるニューロン数の減少を報告しており、当研究室の結果との違いの理由は不明である。
 そこで本研究では、固有感覚性DRGニューロンのマーカーであるparvalbumin(PV)に注目し、免疫組織化学染色法を用いて、Runx3遺伝子欠損マウスの解析を行い、このニューロンの発生・分化におけるRunx3の役割を解明することを目的とする。

【方法】
 Runx3遺伝子欠損マウスはジーンターゲッティング法により既に作出されているものを用いた。Runx3-/-マウスは授乳ができず、生後まもなく死亡する。そこでRunx3+/-マウス同士を交配し、生後0日目の個体をサンプリングした。なお以下、Runx3+/+マウス、Runx3-/-マウスは、同一条件下においている。
 4%パラフォルムアルデヒド/リン酸緩衝液を固定液とし、心血液循環系を利用する灌流固定を行い、2晩後固定を行った。第12肋骨を指標に、胸部DRGを第2胸髄(Th2)からTh12にわたって3節ごとに切り出し、脱水透徹の後、パラフィンに包埋した。その後、ミクロトームで8μmの連続切片を作成した。各サンプルのDRGレベルを検鏡にて確認し、同一レベルのDRGを解析に用いた。脱パラフィンの後、0.3%過酸化水素水/メタノールで内在性ペルオキシターゼ活性を除去し、続いて5%正常ヤギ血清/リン酸緩衝液で二次抗体の非特異的結合を排除した。一次抗体として、Rabbit 抗PV抗体(1: 500, Swant)を反応させ、続いて二次抗体として、ビオチン標識抗Rabbit IgG抗体(1: 300, Vector)を反応させた。さらにABC法によりシグナルを増強させ、西洋ワサビペルオキシターゼ活性によりDAB発色を行った。封入後、万能顕微鏡(Axio plan2 imaging, Carl Zeiss社製)で写真を撮影し、DRGにおいて染色されたニューロンを全て計測した。このとき、複数の切片にまたがるものは、1個として取り扱った。
 
【結果と考察】
 生後0日目のTh11において野生型(3個体、6DRG)では、平均144.7±15.3個(p< 0.001)のPV陽性ニューロンが確認された。一方、Runx3欠損型(同上)では認められなかった。また、野生型では、PV陽性ニューロンの軸索は、脊髄の後索から前角へ投射していたが、Runx3欠損型では認められなかった。
 以上の結果より、転写因子Runx3は、PVの発現調節を通して、固有感覚性DRGニューロンの発生・分化に機能する可能性と、このニューロンの生存や軸索投射に機能する可能性の2つが考えられる。
 また、野生型、Runx3欠損型ともに筋線維にPVの発現が認められた。このことから、Runx3欠損型のDRGにおいてPV陽性ニューロンが認められないことが、固定条件などによる染色の問題である可能性を排除できる。さらに、元来Runx3遺伝子を発現しない筋線維とのPVの発現機序の比較から、DRGニューロンでは、Runx3はより直接的にPVの発現に関与していると考えられる。

【今後の方針】
 Runx3遺伝子は胎生11.5日目より発現することが報告されていることから、まず、胎生15.5日において同様の解析を行い、上の2つの可能性について探る。
 Runx3遺伝子の発現が見られるいずれの発達段階においても、同遺伝子欠損型でPV陽性ニューロンが認められなければ、転写因子Runx3は固有感覚性DRGニューロンにおいて、PVの発現とこのDRGニューロンの分化に機能していると考えられる。一方、PV陽性ニューロンが認められる発生段階があるならば、転写因子Runx3はこのDRGニューロンの生存と軸索投射に機能しており、分化には関与しないと考えられる。


図1: 生後0日目 Runx3+/+及びRunx3-/-マウスにおける
parvalbumin陽性脊髄神経節ニューロン数の変化


©2006 筑波大学生物学類