つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200771

サーチュインによる線虫の寿命調節機構の解析

橋本 哲平(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:坂本 和一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 サーチュインは、バクテリアからヒトまで広く保存されているNAD依存性脱アセチル化酵素で、寿命延長作用を持つことが知られている。サーチュインは細胞における栄養状態やストレスに反応して様々なタンパク質を脱アセチル化する。代表的なものとして、ヒストンやアセチルCoA合成酵素、α-チューブリン、myoD、p53、FOXO3などが知られており、これらのタンパク質のアセチル化状態を調節することによってその働きを制御している。また、サーチュインの寿命延長作用はインスリン/IGFシグナル伝達系を介していることが分かっているが、どのタンパク質にどのように作用しているのかは明らかになっていない。酵母や線虫、ショウジョウバエにおいてサーチュインを過発現させると寿命が延長することから、サーチュインは老化プロセスのregulatorとして重要な働きをしていることが言える。
 本研究ではモデル生物である線虫、Caenorhabditis elegans(C.elegans )を用いた。線虫は寿命・老化に関わる研究が進められており、全ゲノム配列が明らかになっていることや、変異体も多く存在していることから利便性が高い。線虫におけるサーチュイン(sir-2.1)の寿命延長作用は、Insulin-like signaling pathwayの因子であるdaf-16を介していることが分かっている。さらにapoptosisに関連しているcep-1(C.elegans p-53)も寿命調節に影響を与えていることが推測される。
 本研究ではサーチュインによる寿命調節機構の解析とそれに関わる遺伝子の探索と解析を目的とした。そこで、上記3つの遺伝子、cep-1、daf-16およびsir-2.1間の相互作用について、RNAi法による遺伝子発現のノックダウンを行い、個体寿命と各遺伝子発現に対する効果を調べた。また、サーチュインは、レスベラトロールと呼ばれる植物由来のポリフェノールの一種によって活性化されることが知られており、レスベラトロールやNAD(co-substrate)の刺激により個体寿命や遺伝子発現にどのような効果をもたらすのか解析した。
【方法】
 本研究ではC.elegans の野生株であるN2株を材料として用い、Feeding法によるRNAiを行った。cep-1,daf-16およびsir-2.1の各遺伝子のDNA配列700〜800bpのフラグメントをPCRで作製し、これをPlasmid pPD129.36のBam H1サイトに組み込んだ。このplasmidをE.Coli HT115にTransfectionさせ、NGM plateにまいてFeeding plateを作製した。このplateに成虫のC.elegansを移し、2世代目(F2)の寿命と遺伝子発現の変化を観察した。コントロールとしてフラグメントを含んでいないPlasmid pPD129.36を用いた。寿命測定は4日毎に個体を新しいplateに移し、2日毎にtappingに対する反応で生死を確認した。遺伝子発現の変化は、RNAiを行ったF2の個体からRNAを抽出し、cDNAを合成してRT-PCRを行うことによって調べた。
 また、resveratrolとNADを各々100μM含むplateを作製し、上記と同様に個体寿命と遺伝子発現に対する効果を調べた。
【結果と考察】
 cep-1,daf-16,およびsir-2.1の各RNAiを導入したところ、daf-16 RNAiのみが寿命に顕著な変化が現れ、controlに比べて20%程度寿命が短くなった。また各遺伝子の発現量を調べたところ、各RNAiの導入により各RNAの発現量が変化したことから、これら3つの遺伝子は、相互に転写を調節している可能性が示された。現在のところ、sir-2.1は転写レベルでdaf-16およびcep-1を抑制制御し、cep-1はdaf-16を抑制制御している結果が出ている。しかし、sir-2.1の延命作用はdaf-16を活性化させることによって起こるので、転写レベルで抑制している意義があるのか、結果の確認も含め現在検討中である。
 一方、resveratrolやNADで刺激した場合には、長寿命を示した試行もあれば、短寿命を示した試行もあり、あまり安定した結果が得られていない。現在のところ、回数を重ねて再現性の確認をしている。
 今回の結果からcep-1,daf-16およびsir-2.1の3つの遺伝子間で相互に転写を調節している可能性が示唆された。今後さらにRNAiの効果を調べると共に、トランスジェニック個体を用いた遺伝子過発現の効果を解析する予定である。また、resveratrolやNADによってsir-2.1が活性化していることを確認し、さらに、これらの物質の存在、非存在下で働く遺伝子の単離、解析を行う予定である。


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