つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200772

細胞性粘菌の有性的発生過程における微小管の役割の検討

長谷川 優子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:漆原 秀子(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景及び目的>
 細胞性粘菌Dictyostelium discoideumは土壌中に生息する半数体の単細胞真核生物である。通常は単細胞アメーバの分裂により増殖しており、環境変化に応じて無性的発生と有性的発生の二つの生活環を使い分ける。無性的発生は飢餓が引き金を引き金に細胞が集合して多細胞体となり、柄と胞子塊から成る子実体を形成する。これに対し、有性的発生は水分過剰・暗条件下で誘導される。 相異なる交配型を持つ細胞同士が融合し、それに引き続く核融合によって2nの接合子が出来る。 接合子は周囲の細胞を集合させ、貪食して巨大化し、マクロシストと呼ばれる休眠構造を形成する。 細胞性粘菌の有性的発生では不完全ながらも遺伝子組み換えが起こっており、原始的な有性生殖システムを解明するための実験系として期待される。しかし、分化・形態形成研究の良いモデルとして広く扱われている無性的発生に比べて有性的発生の研究は十分に成されておらず、その発生過程は未だに不明な点が多く残されている。
 本研究に先立ち、細胞骨格系阻害剤の添加がマクロシスト形成を妨げることが明らかにされており、特に微小管形成阻害剤は他生物において核融合などの有性的発生過程を阻害することが知られているので、細胞性粘菌においても同様に、接合子形成に微小管が重要な働きをしていることを示唆していると思われる。本研究では有性的発生過程における核・微小管・MTOCの挙動に着目して、接合子形成の中心的イベントである核融合の詳細な観察を行い、細胞性粘菌の有性的発生過程に関する知見の更なる蓄積を図った。

<方法>
 核・微小管の動向を詳細に観察するために、まず交配型による核の識別を試みた。すでにV12株(交配型はmatU)ではCFP-histoneH1発現ベクターによる形質転換体が得られていたので、その交配相手であるKAX3株(交配型はmatT)にelectroporationでYFP-histoneH1発現ベクターを導入して形質転換体を作製した。これら二つの形質転換体を用いて有性的発生を行わせ、時間を追って細胞を固定し、蛍光標識されたα-tubulin抗体を用いて微小管を染めて蛍光顕微鏡で観察した。また、MTOCの挙動が有性的発生過程に及ぼす影響を調べるため、中心体の制御に関わる既知の遺伝子のうち、いくつかについて有性的発生過程における発現の推移をreal-time PCRにより調べた。その中で発現が目立って変化していた遺伝子を解析対象とし、変異株を作製した。

<結果及び考察>
 以前作製されていたKAX3 YFP-histoneH1発現株は蛍光が弱く、交配型による核の識別が困難であったが今回新たに作製した発現株は時間を追った観察をするのにも十分な蛍光強度であった。以前に行われたFACSを用いた解析より、核融合が起こるのは細胞融合が起こってから8h〜12hであるということが示されていたが、本研究によりそれを視覚的に裏付けることが出来た。微小管を染色した結果については、現在解析中である。また、real-time PCRにより選抜した遺伝子の変異株の表現形についても現在解析中であるがこの遺伝子産物が中心体の複製に関わっているという報告があるのでγ-tubulin抗体を用いた染色などにより野生株との違いを見つけることが出来れば、有性的発生過程におけるMTOCの役割を知る足がかりとなることが期待される。


©2006 筑波大学生物学類