つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200773

離層におけるホウ素−ペクチン架橋形成関連遺伝子の発現解析及び形態学的観察

濱岡 恵理 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:岩井 宏暁 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 葉、花、果実などの器官では、老化とともに脱離が起きる事が知られているが、十分に活発な器官であっても離層組織が発生過程ですでに形成されていることが多い。離層組織は葉柄などの軸を横切って形成され、数層の薄い細胞壁をもつ細胞(離層細胞)から成っている。離層組織という構造が器官の発生過程時にすでに分化しているにもかかわらず、各器官は脱離すべき時にのみ脱離を起こすことから、器官脱離には何らかの抑制機構が必須であると考えられる。一方、リンゴなどの果実では、ホウ素欠乏になると縮果病になるとともに、落花および落果しやすくなる事が知られている。農家ではこれを防ぐため、初夏にホウ素肥料を葉面散布することが必要であるとされている。また、ホウ素は植物体内を移動しにくい金属であり、さらに花器官では比較的多いホウ素量が必要であると考えられている。
 これらのことから、本研究では、脱離抑制機構の一つの候補としてホウ素とペクチンとの架橋に注目した。ホウ素-ペクチン架橋は、組織として物理的に弱い離層の構造を強化することで不必要な器官脱離を抑制し、器官脱離を適切に行うための機構の一つとなっているのではないかと考えられる。本研究では、まずタバコの花柄を用いて離層の分化過程を形態学的に観察し、また脱離過程に対する受精およびエチレン、ホウ素の影響についても形態学的観察を行った。さらに、ホウ素‐ペクチン架橋形成に関わる遺伝子であるGUT1pectin-glucuronyltransferase 1)の詳細な発現解析を行った。これらによって器官脱離抑制の機構を明らかにすることを研究の目的とした。

【方法】
■脱離過程におけるエチレン及びホウ素の影響
 タバコの若い実・蕾・花がついた花序の一部を、50ppmのエチレンもしくはエチレン吸着剤(0.25M酸化水銀)とともに植物培養フラスコ内に封入した。
 ホウ素の影響を見るときには、10-3M、10-5M、10-7M、10-9M、0Mのホウ酸ナトリウム水溶液に0.5%になるように低融点寒天を溶かしたものを上記の操作に用いる花の離層に塗布した。
 これを28℃で静置して一時間ごとに観察を行い、器官脱離を起こした離層の数を記録した。
■離層の形態学的観察
 若い実・花・蕾・花原基の各ステージでタバコ花柄の離層の切片を作製し、組織化学的な観察を行った。
■受粉と離層組織の強度の関係
 タバコの開花直前の蕾に対して、1)雄ずいを切除、2)雄ずいを切除した後に人工受粉、3)処理なし、のそれぞれを行い、袋をかぶせて外部からの花粉を遮断した状態にして花器官の脱離のしやすさを観察した。
GUT1の発現解析
 GUT1の離層における時空間的な発現を、pNpGUT1::GUS形質転換体を用いて観察した。また、タバコの若い実および蕾について離層と花柄におけるGUT1の発現解析を試みた。

【結果】
■脱離過程におけるエチレン及びホウ素の影響
 器官脱離は蕾や花で起こりやすく、若い実ではエチレンを処理した場合でも手で引っ張るなど力を加えなければ脱離しなかった。エチレンを処理した場合の脱離では維管束を除く部分の細胞壁が分解され、はがれた細胞が粉のように付着している様子が観察された。
■離層の形態学的観察
 離層組織は、1mm程度の蕾でも既に形成されていることが確認された。
■受粉を阻止した場合の離層の観察
 雄ずいを切除したものはどれも数日内に脱離したが、雄ずいを切除した後に人工授粉させたものや処理せずに袋を被せたものは脱離せずに結実し、強く力を加えても脱離しなかった。
GUT1の発現解析
 pNpGUT1::GUS形質転換体の花柄の離層をGUS染色して観察したところ、離層組織全体、特に維管束付近で特に発現が強く見受けられた。また、蕾や花の花柄よりも、ステージの進んだ果実の花柄でより発現が強かった。このことから、GUT1は開花後により発現が高まり、離層組織中のペクチン合成もこの時期により活発になると考えられる。

【考察】
 離層組織は花の分化の早い段階で形成され、蕾や花の段階では非常に脱離しやすい。しかし受粉後には離層組織内の細胞間接着は強固になり、強い力を加えても脱離を起こさなかった。また、果実の花柄で強いGUT1の発現が観察された。これらのことから、受精が引き金となったホウ素‐ペクチン架橋による離層組織の構造強化により、器官脱離の抑制が行われている可能性が示唆された。



©2006 筑波大学生物学類