つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200777

種々の円石藻種における石灰化能力の定量的解析

福井 結子 (筑波大学 生物学類 4年)   指導教員:白岩 善博 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
 海洋に生息する単細胞性藻類である円石藻は、細胞表面に円石と呼ばれる炭酸カルシウムの殻を保持し、光合成と同時に無機炭素の形でも炭素を固定する。世界中の高緯度の海洋に主として分布し、大規模なブルームを形成する。そのため、地球規模での炭素循環に大きな影響を与えると考えられている。したがって、円石藻の石灰化能を評価することは、海洋生態学の視点からみても意義がある。
 円石藻は円石の形態的な相違に基づいて種の分類が行われ、現生種では約200種が見つかっている。これまで、円石藻の石灰化能の評価は、主に代表種のEmiliania huxleyi を用いて、円石の定量を放射性45Caの取り込み量から評価する方法で行なわれてきた。しかしながら、培地中の45Caの比放射活性が正確に求められないので、定量的なデータとしてとらえられないという問題点があった。
 そこで、本研究では円石形成量を定量的に評価する方法として、金属指示薬であるArsenazo-Vを用い、円石に含まれるCa量を定量する方法を検討した。そして、3種の円石藻において、種の違いによる石灰化能力の差異を定量的に解析した。

結果・考察
 Arsenazo-Vは非常に感度の高い金属指示薬(Ca検出範囲:0.03‐1.5 μg/ml)であり、Caおよび希土類などとキレートを形成し、赤紫−青紫に強く発色する。まず、標準物質に炭酸カルシウムを用い、検量線を作成した。Arsenazo-VをAcetate-buffer(pH 5.5)に溶解させたものに標準物質を加え、一定時間置いた後、吸光度(600 nm)を測定したところ、Ca濃度0.03-1.5 μg/mlにおいて検量線に直線性がみられた。次に、E. huxleyi を用い、円石を溶解させ回収する方法を検討した。標準物質に円石を含まない細胞抽出液を加えたところ発色がみられたことから、細胞外の円石しか測定できないことがわかった。そこで、細胞が壊れない遠心回転数・時間、円石溶解時間などを比較し、最適条件を検討した。その結果、細胞を遠心回収(13,000×g )し、20 mM Tris-HCl(pH 8.0)で洗浄・遠心回収(13,000×g )後、50 mM MES-NaOH(pH 5.5)で10分間処理し、上清を遠心回収(8,700×g )することで円石を溶解する方法が最適であることを明らかにした。
 次に、細胞外の円石のみの定量を行なうことが石灰化能を評価する上で妥当な方法であるかを検証するため、45Caを用い、細胞外円石と細胞内Ca含量を45Ca放射活性によって比較した。培養液中に45CaCl2水溶液を添加し、培養を行なった細胞をフィルターに回収し、洗浄後、円石を溶解させ、円石と細胞内の45Ca放射活性を測定した。その結果、細胞全体に取り込まれた45Caのうち、95%以上が円石に含まれ、細胞内には5%以下しか存在しなかったことから、細胞が保持する円石の95%以上が細胞外に存在することが判った。これより、細胞外の円石を定量することで石灰化能を評価する方法の妥当性を証明した。
 さらに、本研究により確立した手法を用い、円石藻E. huxleyi, Gephyrocapsa oceanica, Pleurochrysis haptonemofera の3種で石灰化能力の比較を行なった。E. huxleyi, G. oceanica にはMA-ESM(pH 8.2)、P. haptonemofera にはEppley’s medium(pH 8.2)を用い、光照射下(100 μmol photons・m-2・s-1)で通気培養を行なった。そして経時的に細胞を回収し、細胞外の円石量を定量した。その結果、細胞あたりの円石量はP. haptonemofera が他の2種に比べて非常に高い値を示し、個体あたりの石灰化能力は高いことがわかった(図B)。しかし、培地あたりのCaCO3生成量で比較した場合には、P. haptonemofera およびG. oceanicaはともに70 μg/ml程度まで増加がみられた(図A)。また、E. huxleyi は20 μg/ml程度で他の2種の1/3以下だった。さらに、円石藻3種の石灰化パターンにはそれぞれ大きな違いがみられた。P. haptonemofera は細胞の増殖と円石形成量の経時変化がほぼ一致するのに対し、G. oceanica およびE. huxleyi は細胞が定常期に達してからもなお円石量が増加し続けた。特にE. huxleyi は培養の後期に入ってから著しく石灰化が促進された。以上のように、本研究で円石定量の新しい手法を確立し、種の違いによる石灰化能力の差異を定量的に評価することを可能にした。



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