つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200778

枯草菌YmaHタンパク質のSELEX法によるターゲットRNAのモチーフ解析

藤本 舞(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中村 幸治(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 SELEX法(試験管内人工進化法)とは、タンパク質などのターゲットに特異的に結合する機能的核酸(アプタマー)を得るための操作法である。アプタマーは標的となる分子に特異的に結合できる強い親和性をもち、ターゲットの機能を抑制、または促進する。SELEX法はランダム配列をもつRNAプールの中からターゲットに結合する配列をもつものを選択し、逆転写、PCRでの増幅を行い、それを転写したものの中から再び結合する配列を選択する。このサイクルを繰り返すことによって結合する配列を収束させる。それぞれのサイクルにおいて、選択の際にタンパク質とRNAプールの濃度比を変えたり、競合剤を加えることによって結合条件を厳しくし、結合特異性の高い配列を得ることができる。
 近年、アミノ酸をコードせず、RNAの形で機能する非翻訳型RNA(ncRNA)が発見され、研究が進んでいる。ncRNAの中でも、500塩基以下の低分子非翻訳型RNA(sRNA)は、バクテリアにおいて酸化ストレスなどのストレス環境下や生育段階に応じて発現し、遺伝子発現制御に関わる。sRNAの一部はターゲットとなる遺伝子のmRNAと塩基対合を形成し、そのmRNAの安定性変化や翻訳制御を行う。
sRNAは細胞内で不安定に存在するため、その働きをRNAシャペロンが補っていることが報告されている。RNAシャペロンとはRNAの構造変化を助けるタンパク質であり、その一例として大腸菌のHfqタンパク質がある。HfqはOxyS RNAやDsrA RNAなどのsRNAと、それらのターゲットとなる遺伝子のmRNAに結合し、その塩基対合を助けている。グラム陽性細菌である枯草菌では、YmaHタンパク質が大腸菌Hfqと配列モチーフにおいて高い相同性を有しているが、その機能はまだ明らかになっていない。
 本研究室では、枯草菌のsRNAの解析が進められており、これまで同定されているものは転写レベルでの制御に関するものが多い。YmaHがsRNAの機能に必要である可能性があるため、YmaHに結合するRNAの探索を行うことで、転写調節だけでなく転写後調節機構の同定や、さらには新たなsRNAの発見につながると期待される。本研究では、YmaHが結合するRNAのモチーフ配列をSELEX法を用いて探索し、ターゲットとなるRNAの配列を明らかにすることによる、YmaHの機能解明を目的とする。

<結果・考察>
 30merのランダム配列とT7プロモーター配列を含む全長80merの鋳型DNAからin vitro転写を行い、60merのRNAプールを用意した。また、6×HisタグのついたYmaH発現遺伝子を組み込んだpQEベクターを、大腸菌M15株に形質導入した株を用いてYmaHを発現させ、Ni-NTAアガロースで精製した。
 次に精製したYmaHがRNA結合能を持つか調べた。[α-32P]UTPラベルしたRNAとYmaHを混合後、ニトロセルロースフィルターを通過させ、結合してフィルターにトラップされたRNAのRI量(cpm)を測ることで結合率を算出した。その結果YmaHがRNAと結合することが確認でき、YmaHがRNA結合タンパク質であることが示唆された。
 次に、ターゲットRNAの配列を探索するためSELEXを行った。in vitro selectionは、RNAプールとYmaHを37度、30分で反応させた後、ニトロセルロースフィルターに通過させる。YmaHと結合してフィルター上に残ったRNAを抽出し、逆転写し、PCRで増幅後、in vitro 転写で、YmaHに結合する配列が収束したと思われるRNAプールを得た。このサイクルをRNA5μM、YmaH1μMの濃度比から開始し、サイクルごとにRNA濃度またはYmaH濃度を減らすことで結合条件を厳しくしていった。さらに結合特異性を増加させるため、5サイクル目から競合剤としてtRNAを加えた。ゲルシフトアッセイを行ってサイクルごとの結合活性の変化を調べたところ、6サイクル目での結合が最大になっていた。そこで6サイクル目のcDNAの配列決定を行うため、6サイクル目のcDNAをpGEM-Tベクターに組み込み、大腸菌JM109株に形質導入後、58クローン得られた中の20クローンについて配列を決定したところ、18クローンの塩基配列が決定できた。その中の13配列についてゲルシフトを行い結合活性を調べたところ、13配列のうち4配列において強い結合が確認された。次に結合特異性を調べるため、その4配列について競合阻害実験を行った。ゲルシフトアッセイの際、競合剤としてtRNAを加えたところほとんど結合は阻害されなかったが、それぞれの配列のRIラベルしていないRNAをtRNAと同濃度加えたところ、RIラベルされたRNAとYmaHの結合は阻害されていた。これより結合特異性を有することが確認でき、得られた配列がYmaHの結合モチーフを含むことが示唆された。

<今後の課題>
 SELEXの過程でニトロセルロースフィルター自体に結合するものが増加していた。フィルター以外の方法を用いることでフィルターに結合してしまうものを除き、さらに配列を収束させることができると考えられるため、in vitro selectionにマグネティックビーズを用いて、6サイクル目からさらにSELEXを1、2サイクル行う。その後配列決定を行いそれぞれの配列について結合活性と特異性を確認する。結合した配列とすでに確認されている4配列とを比較し、サイクルを進めたことで共通した配列が増加したかを調べることにより、配列モチーフを絞り込むことができると考えられる。そして枯草菌においてそのモチーフを持つ遺伝子、あるいは遺伝子間領域を探し、YmaHが制御する可能性を持つ遺伝子を推定する。またYmaHがncRNAの機能を助けている可能性もあるため、新たなncRNAの探索につなげていきたいと考えている。


©2006 筑波大学生物学類