つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200780

マウス造血幹細胞のin vitro培養時におけるクローナルな解析

堀口 華奈 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:有波 忠雄 (筑波大学 人間総合科学研究科)

【背景・目的】
 造血幹細胞は、すべての血球細胞に分化する能力(多分化能)と、多分化能を保持したまま増殖する能力(自己複製能)を持った細胞であると定義されており、この2つの能力によって個体の一生にわたりすべての血球細胞を供給し続けている。マウス造血幹細胞を純化する方法として、表面抗原に対する抗体とFACS(fluorescence activated cell sorter)を用いた方法がとられており、CD34陰性または弱陽性、c-Kit陽性、Sca-1陽性、分化抗原(Lineageマーカー)陰性分画細胞(CD34-/lowKSL)中に高頻度に造血幹細胞が濃縮されている。しかしこの細胞を致死量放射線照射したマウスに1個移植しても、3-5匹中1匹の割合でしか生着が見られないことや、生着したマウスの間でも造血を再構築する能力に差が生じることから、この細胞集団の中には階層(ヒエラルキー)が存在していると考えられている。つまり、CD34-/lowKSLは不均一な細胞集団である。
 造血幹細胞の個々の能力を評価する方法として、メチルセルロース培地で培養してコロニー形成能を測定するコロニー形成法や、競合細胞と一緒に致死量放射線照射したマウスに移植して、造血の再構築能を測定する競合的造血再構築能アッセイなどがある。しかしコロニー形成法では、造血幹細胞だけでなく分化した前駆細胞も大きなコロニーを形成することから、造血幹細胞と前駆細胞を区別できないという問題点がある。また競合的造血再構築能アッセイは、現在最も信頼性の高い評価方法とされているが、移植した造血幹細胞が骨髄に生着(ホーミング)する過程の影響も反映されてしまうため、造血幹細胞そのものの能力が純粋に反映されないという問題点や、評価するまでに数ヶ月間の期間を要するといった問題点がある。
 最近、SCF(stem cell factor)、TPO(thrombopoietin)、FGF1(fibroblast growth factor-1)、IGF2(insulin growth factor-2)の4種類のサイトカイン存在下で造血幹細胞を培養すると、従来の方法に比べて造血幹細胞の能力を維持したまま分裂させることができるという報告がなされた。そこで本研究では、in vitroの実験系を用いて短期間で造血幹細胞の個々の能力を測定することを目的に、上記の培養条件で造血幹細胞1個を培養し、1週間後の表現型を調べると同時にその細胞を移植することで、培養後に未分化表現型を維持した細胞の割合と造血再構築能との関係について解析した。

【方法】
 C57BL/6(Ly5.2)マウスの骨髄よりFACSを用いてCD34-/lowKSL細胞を96穴プレートに1個ずつソーティングし、mSCF、hTPO、hFGF1、mIGF2存在下で1週間培養した。培養した細胞のうち、半分量を蛍光標識された抗CD45.2、c-Kit、Sca-1、Lineage抗体を用いたFACS解析により、未分化表現型(KSL)を維持した細胞の割合について調べた。残りの半分量は2×105個の競合全骨髄細胞(Ly5.1/5.2)と共に致死量放射線照射したマウス(Ly5.1)に尾静脈移植した。移植後継時的に抹消血を採取し、蛍光標識された抗CD45.1、CD45.2、B220、CD4、CD8、Gr-1、Mac-1抗体を用いたFACS解析によりドナー由来細胞のキメリズムと各血球細胞への分化を解析し、未分化表現型の細胞の割合と造血再構築能との相関性を調べた。

【結果・考察】
 CD34-/lowKSL細胞を培養して1週間後の細胞数とKSLの割合は、単離した細胞ごとに大きく異なっていたが、細胞数の増加に伴いKSLの割合が低くなる傾向が顕著にみられた。KSLの割合が高い細胞を移植したマウスほど生着率が高く、移植1ヶ月後の生着率はKSLの割合が75-100%の細胞では89%(8/9)、50-75%の細胞では60%(3/5)、25-50%の細胞では40%(2/5)、0-25%の細胞では20%(1/5)であった。2ヶ月後では、75-100%の細胞では56%(5/9)、50-75%の細胞では40%(2/5)、25-50%の細胞では20%(1/5)、0-25%の細胞では0%(0/5)となっていた。また、KSLの割合が高い細胞ではキメリズムも高い傾向がみられたことから、in vitroで培養後に未分化表現型の割合が高い細胞は造血再構築能が高いということが示唆された。しかしながら、一部例外もみられたことから、KSLの表現型に加えて他の細胞表面マーカーも併せて解析することで、より厳密に未分化細胞を選別することができると考えられる。最近、KSL細胞集団はSLAMファミリータンパクであるCD48が陰性と陽性の集団に分けられるという結果を得たので、CD48が未分化細胞を選別するためのマーカーと成り得るかどうか、現在この2つの細胞集団の未分化性の相違について解析を進めているところである。


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