つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200781

タバコBY-2懸濁培養細胞を用いたアクティベーションタギング法による新規細胞接着変異体の作出と解析

松澤 啓介(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:岩井 宏暁(筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
  細胞同士が強く接着することは、胚や芽の形成を初めとする多細胞植物の形態形成現象に必須であり、また時にその接着性を弱めることも、葉肉組織の形成や器官脱離などの種々の発生現象に必須である。高等植物の細胞接着では細胞壁が主役となっているが、細胞壁同士の接着、細胞壁と細胞膜との接着、そして細胞の形態維持だけでなく細胞壁の沈着や細胞の分化においてその基盤となる正常な細胞骨格が求められる。しかし、現在のところ、細胞壁同士の接着に必須である細胞壁の生合成機構に関する知見は極めて乏しい。一方、細胞壁と細胞膜との間の接着は、環境変化のシグナルを細胞内に伝達する重要な機構の一つであると考えられているが、未だはっきりしたことはわかっていないのが現状である。
 そこで本研究では、タバコBY-2懸濁培養細胞を材料に用いたアクティベーションタギング法を行う新たな変異体作出系を用いることで、細胞壁-細胞膜−細胞骨格コネクションに異常が生じた突然変異体を作成し、新規細胞接着関連遺伝子を同定することを目的に実験を行った。タバコBY-2懸濁培養細胞は、Nicotiana tabacum cv. Bright Yellow 2の胚軸より誘導したカルスから確立された株で、オーキシンを増殖に必須とする。非常に均一な細胞集団よりなり、一週間で約100倍と植物細胞としては類を見ない速度で増殖する。また、遺伝子導入法が確立されていることから変異体の作出に適した材料といえる。そして、細胞骨格など細胞内の形態が容易に観察できるという点でも最適な材料といえる。また、BY-2培養細胞ESTの整備およびナス科ゲノムプロジェクトも進行し、分子生物学的なアプローチが非常に取りやすい材料となっている。タバコBY-2細胞における変異体の作出により、細胞レベルでの新たな細胞接着変異体が得られることが期待される。これらの変異体を用いることで、個体発生における高等植物の細胞間接着メカニズムの機能を新たに発見し明らかとすることを目的としている。

【方法】
(1)新規変異体の作出
  タバコBY-2懸濁培養細胞に対して、35Sプロモーターのエンハンサーをもつアクティベーションタギングベクターをアグロバクテリウムの感染を介して導入することで、変異の誘発を行った。また、コントロールとして35S::GFPベクターを用いても同様の実験を行った。抗生物質を含む培地上に生じてきたコロニーを単離し、観察した。その中で、細胞の形態や接着面に異常の見られるようなコロニーを選抜し、培養した。
(2)変異体の形態観察
  コロニーとして得られたBY-2細胞株の形態観察を光学顕微鏡を用いて行った。また、ルテニウムレッドによるペクチン染色およびアニリンブルーによるカロース染色を行い、組織化学的な顕微鏡観察を行った。

【結果・考察】
(1)新規変異体の作出
 アクティベーションベクターの導入による変異の誘発を行い、抗生物質を含む培地で生存したBY-2細胞のうち、細胞の形態がnormal株と異なり、螺旋状になるなどの形態異常となっているものが3株(約1.1%)確認された。一方、同様の方法で35S::GFPベクターを導入したものでは、異常なものは見られず、normal株と同様の形態を示した。
 形態に異常の見られたものの中でも、細胞の接着性に異常が起きている可能性のある細胞株を顕微鏡観察によりスクリーニングし、現在1ラインの変異体を確立した。この変異体は、細胞の形態が丸く、細胞の接着面が多方向で泡のような形状となっていることから、bubble shaped BY-2の頭文字を取り、bubと名付けた。
(2)変異体の形態観察
 正常なBY-2細胞は、長方形の細胞が長軸方向に直鎖状に連なっている(下図 左)。一方、現在得られているbub1変異体を光学顕微鏡で観察したところ、細胞の形態は球状で、細胞の接着面が多方向となった細胞塊の形成が見られた(下図 右)。ペクチン染色をしたところ、normal株では細胞同士の接着面で染色が見られた以外は、細胞壁でわずかに染色が見られた程度だったのに対して、bub1では細胞の形態が球状で固まっているものは濃く染色されており、特に細胞の接着面で濃い染色が見られた。また、カロースの染色でも同様の結果が得られた。ペクチン染色では細胞の中に顆粒状に濃い染色が見られた細胞も多数確認された。以上のことからbub1は細胞骨格または細胞壁に異常が生じることで、細胞接着に異常が生じたのではないかと考えられる。現在、原因遺伝子の同定を試みている。
 今後は、bub1の詳細な解析とともに、BY-2細胞を用いた細胞接着変異体作出系のさらなる確立を目指し、多くの変異体を獲得・解析することで、高等植物における細胞接着の果たす役割を解明したいと考えている。


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