つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200788

下田産 ギボシムシ(半索動物門、腸鰓綱)2種の分類学的研究

宮本 教生 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:齊藤 康典 (筑波大学 生命環境科学研究科)

キーワード:ギボシムシ、記載分類、無性生殖

 現生の半索動物門には腸鰓綱と翼鰓綱が知られており、既知種約105種の非常に小さな分類群である。 ギボシムシ類とは、腸鰓類に属する動物のことであり、約80種が知られている。ギボシムシ類は蠕虫状の体形で、 非常に軟弱であり、体表は粘液に覆われている。潮間帯から深海の主に砂泥中に生息しており、全長数cmのものから2mを超すものまである。体は前方から吻・襟・体幹に分けられる。ギボシムシという名は吻の形状が橋の欄干の柱頭などにつける擬宝珠に似ていることに由来する。
 半索動物はその名の通り、かつては脊索動物に近縁であると考えられていたが、分子系統解析では棘皮動物と 姉妹群を形成し、幼生の形態も分子系統の結果を支持する。一方で、半索動物は鰓裂の存在など脊索動物との 共通点も持っている。以上のような特徴から半索動物は近年になって進化発生学分野において注目されるように なってきた。しかし、現在まで個体数が少ないこと、完全個体の採集が困難なこと、飼育が困難なことなどの理由で、分類学的研究すら進んでいない。
 本研究では、下田で新たに発見された2種のギボシムシ (Fig. 1) について分類学的検討を行った。またそのうち一種では無性生殖を行うことがサンプリングから示唆されたので、断片的な記録しかないギボシムシ類の無性生殖過程を明らかにするために組織学的観察を行った。



材料と方法
サンプリング
 下田臨海実験センター内の屋外水槽、下田鍋田湾、大浦湾からエックマン採泥器などを用いて砂泥を採集し、その中からギボシムシをソーティングした。組織切片作成用のサンプルは2〜3日流水中で糞出しを行い、それ以外の サンプルは生息場所の泥の中に入れ実験室内で飼育した。
分類学的解析
 糞出しをしたサンプルは、L-メントールで麻酔後ブアン液で固定し、脱水後パラプラストに包埋した。そして7μmの連続切片を作製し、ヘマトキシリン・エオシン二重染色を行った。検索表を基に属を決定し、決定した属の記載論文を基に種の同定を行った。なお、記載論文が得られなかった種の形質は、van der Horst (1939) によるモノグラフを参考にした。
無性生殖
 屋外水槽から採集したサンプルを生殖域と肝域の間で切断し、砂泥中で飼育することで頭部側の断片から横分裂による芽体形成を誘導する方法を発見した。その方法で得られた芽体を1つずつ泥を入れた容器に入れ、30日間毎日観察した(21〜23℃、n=17)。さらに外部形態観察に基づいて、形態形成過程に10段階のステージを設定し、各ステージにおいて組織切片を作製し、観察した (各ステージ、n=3または4)。

結果と考察
分類学的解析
 組織切片の観察から屋外水槽のギボシムシ (Fig. 1a) はBalanoglossus属、鍋田・大浦湾のギボシムシ (Fig. 1b) はGlossobalanus属であることがわかった。両属はギボシムシ科 (Ptychoderidae) に属し、Glossobalanus属は日本未記録である。記載論文を基に形質を比較した結果、この2種はどちらも新種である可能性が非常に高いことがわかった。
無性生殖
 Balanoglossus sp. の無性生殖の芽体の大きさは4〜17mmで平均は7.3mm(n=27, SD=2.52)であり、形態形成過程はこれまで観察された他の種同様、吻→襟→鰓孔→襟神経索→肝域という順で約25日までに分化する。鰓孔の形成(約10日後)までは観察したすべての個体で同様であったが、それ以降では若干ばらつきが見られた。また発生直後に組織の崩壊が起きてないことから付加形成によって形態形成が起こっているものと考えられる。

今後
 現在ここで紹介した2種のギボシムシ以外にも多くの未同定の半索動物が存在しているので、今後は今回紹介した2種類の記載を進めるとともに、その他の半索動物についても分類学的研究を行う予定である。
 無性生殖においては、今後免疫組織化学的方法も用い、形態形成過程を詳しく調べる予定である。


©2006 筑波大学生物学類