つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200793

和歌山産新規ラフィド藻(ラフィド藻綱、不等毛植物門)の分類学的研究

山口 晴代 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:井上 勲 (筑波大学 生命環境科学研究科)

目的

 不等毛植物門(Division Heterokontophyta)は二次共生によって誕生した藻類群であり、主要光合成色素としてクロロフィルa, cを持ち、不等長の2本の鞭毛、その前鞭毛には三部構成の管状マスチゴネマを持つことで特徴づけられる。不等毛植物門にはコンブ、ワカメ、ヒジキの様な多細胞の藻類や珪藻のような単細胞の藻類が含まれ、海洋の重要な生産者である。また、現在までに14綱が認識されており、緑色植物門に匹敵するような多様性を持ったグループであることが知られている。その中にラフィド藻綱(Class Raphidophyceae)がある。ラフィド藻綱には7属19種のみが知られ、淡水および海水に生息する。本藻綱は単細胞自由遊泳性、葉緑体多数、細胞壁を欠くという特徴を持つ。また海産のいくつかの種では赤潮の原因藻であることが知られており、非常に重要な分類群である。
 2005年3月に和歌山県の砂浜で採集されたサンプル中に新規ラフィド藻と思われる藻が発見された。そこで、光学顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、18S rDNA配列を用いた系統解析によって本藻の特徴を明らかにし、新種として記載することを目的とした。

方法

 和歌山県の砂浜から採集した砂をダイゴIMK培地で洗い、倒立顕微鏡下でマイクロピペット法により、本藻を単離した。その後、単離した藻をスライドグラスに移し、カバーガラスをかけてノマルスキー型微分干渉顕微鏡で生細胞を観察した。また、単細胞PCRを行なうため、10 µlの超純水の入ったPCRチューブに単離した本藻を1匹ずつ入れ、18S rDNAプライマー (Nakayama et al. 1998)を用いて、18S rDNAを増幅した。その後、オートシークエンサーで18S rDNAの配列決定をした。これをデータベースにある他のラフィド藻の配列とともに、また外群として黄緑藻、黄金色藻の配列を加えてClustal X (Thompson et al. 1997) でアライメントし,その後手動で補正した。アライメントした配列は PAUP* 4.0 (Swofford 2002) で系統解析を行なった。系統解析にはTrN+I+γモデルによる最尤法を用い、ブートストラップ解析を100回行なった。
 さらに、微細構造観察のため、2.5%グルタールアルデヒドと2%四酸化オスミウムによる二重固定を行い、樹脂で包埋後、超薄切片を作成し、透過型電子顕微鏡で観察した。

結果

 ノマルスキー型微分干渉顕微鏡で観察した結果、細胞はやや扁平な楕円形(長径約30 µm、短径約22 µm)であり、細胞表面に沿って緑色の葉緑体が多数存在した。また、細胞の亜頭頂に窪みが存在し、そこから不等長の2本の鞭毛が生じ、一方を前方へ、もう一方を後方へ伸ばして遊泳していた。すなわち細胞には背腹性が認められるが、鞭毛の生じる腹側には細胞の遊泳方向と平行に鞭毛が生じる窪みが含まれるやや狭い溝が細胞後方まで伸びていることが確認された。さらに、細胞表面には射出装置と思われる構造が多数存在した。細胞壁は確認できなかった。
 透過型電子顕微鏡観察の結果、細胞の中心に核が存在し、その周囲に細胞質が観察された。また、細胞周縁部に多数の葉緑体が観察され、細胞膜直下には液胞と粘液胞が多数存在した。葉緑体内に存在するピレノイドは突出型で内側に偏在し、チラコイドの陥入は見られなかった。また、不等毛植物の特徴である3重チラコイドを持つが、ガードルラメラは観察できなかった。細胞はラフィド藻の特徴である内部原形質(核とその周辺のゴルジ体、ミトコンドリアを含む領域)と外部原形質(内部原形質より細胞膜寄りの葉緑体を含む領域)に分かれていた。
 18S rDNA配列を用いた系統解析では、高いブートストラップ値で本藻がラフィド藻綱に含まれることが示唆されたが、ラフィド藻綱内での系統的位置はよくわからなかった。

考察

 単細胞遊泳性、葉緑体多数、細胞壁を欠く、内部原形質と外部原形質との分化、粘液胞の存在という特徴及び18S rDNA配列の系統解析の結果より、本藻はラフィド藻綱に含まれることが強く示唆された。しかしながら、ラフィド藻綱の既知の属と微細構造を比較した結果、Heterosigma属に最も似るが、Heterosigma属はガードルラメラを持ち、ピレノイドへのチラコイドの陥入があるという点で異なる。つまり、すべての特徴が完全に合致するものはなく、18S rDNA配列による系統解析でも近縁な属は認められないことから、本藻はラフィド藻綱の新属新種とすることが妥当だと考えられる。今後は、更なる微細構造観察及び進化速度の適当な他の分子を用いた系統解析をし、ラフィド藻綱内での系統的位置を探っていく必要がある。その後、国際植物命名規約に則り、記載する予定である。


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