つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200795

成体イモリの網膜再生過程における神経幹細胞の出現時期に関する研究:
Musashi-1遺伝子の単離と発現解析

山野 由佳(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:千葉 親文 (筑波大学 生命環境科学研究科)


背景と目的
 「再生」は動物の外傷に対する生存戦略の一つである。脊椎動物の中でも有尾両生類に属するイモリは非常に高い再生能力をもつ。網膜は視覚の初期過程に関わる眼球内の中枢神経組織である。そのため、多くの動物にとって網膜の傷害は死につながる深刻な問題である。一方、イモリは、成体においてその神経性網膜を失っても、残った網膜色素上皮(RPE)細胞の分化転換(transdifferentiationまたはcell-type switch)を介して、完全な網膜を再生することができる。
 成体イモリの網膜再生過程は、最近ようやく明らかになってきた。眼球から神経性網膜を手術により取り除くと、RPE細胞が増殖し新たな網膜原基を生み出す一方で、RPE自身をリニューアルする。網膜原基の細胞は増殖し神経性網膜を構成するすべての神経細胞やグリア細胞を生み出す。それぞれの神経細胞は互いにシナプスを形成し、最終的に光応答を回復する。このような網膜再生過程において、RPE細胞の形質は長期間保持され 2〜3層の再生網膜においても観察される。このことから、網膜原基中の細胞(分化転換中の細胞)が未だRPE細胞の性質を保っている可能性が議論されている。
 私の所属する研究室では、分化転換中の細胞がいつ網膜幹細胞/網膜前駆細胞の性質を獲得するかを明らかにする目的で、中枢神経系の神経幹細胞/神経前駆細胞に発現するRNA結合タンパク質として知られているMusashi-1に着目し、そのcDNA断片を単離し、網膜再生に伴う遺伝子発現パターンを既にPCRで調べている。その結果、Musashi-1遺伝子に対応するPCRバンドが(1)RPE細胞で検出されないこと、(2)網膜除去手術後10日(ほとんどのRPE細胞が分裂周期に入る時期)に初めて検出され、その産物量が再生の進行に伴って増加すること、(3)成体の正常な神経性網膜で強く検出されることがわかっている。これらの結果は、Musashi-1遺伝子が分化転換の早期に発現することを示唆している。また、神経性網膜中に幹細胞が存在する、あるいは分化した網膜細胞に発現する可能性をも示唆している。
 そこで、本研究では、正常網膜および術後のRPE/網膜組織におけるMusashi-1の局在を調べることを目的として、Musashi-1遺伝子の全長をクローニングし、in situ hybridizationや免疫組織化学による解析を試みた。

方法
1.Musashi-1遺伝子のクローニング
 cDNA断片の配列情報をもとにプライマーを設計し、イモリ胚および正常眼球から得られたcDNAから5'-および3'-RACE法によってORFを含むcDNAをクローニングした。
2.免疫組織化学
 市販の抗mouse Musashi-1ポリクローナル抗体を用いて眼球切片の免疫染色を行った。
3.ウエスタンブロット解析
 眼球および神経性網膜のみのサンプルを作成し、SDS-ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)後、PVDF membraneに転写し、免疫染色により検出を試みた。
4.In situ hybridization
 Musashi-1 cDNA中のORFを含む領域について、DIG-プローブを合成しin situ hybridizationを行った。Positive controlとして、RPE細胞で発現するRPE65遺伝子のin situ hybridizationも行った。

結果と考察
 現在までのところ、胚のcDNAからMusashi-1と考えられるクローンが2種類得られている。これらはマウスやヒトと80%以上の相同性を有している。また、正常眼球からもクローンが得られたが、胚から得られたものとは部分的に異なっていた。このことから少なくとも3種類のvariantがあると考えられる。さらに異なるvariantがあるかどうかは現在解析中である。
 正常眼球切片を用いた免疫組織化学では、神経性網膜中のアマクリン細胞層と神経節細胞層のほとんどの細胞とciliary marginal zone (CMZ)での反応が認められた。これは Pax6の発現パターンとよく似ていた。cDNAの配列情報が得られたので、それを元に抗体認識配列(17アミノ酸)に対応するペプチドを合成し、抗体反応を阻害するかどうか調べたところ、免疫染色の強度やパターンの変化は認められなかった。また、western blotでは予想される範囲にバンドを確認することは出来なかった。抗体認識配列のマウスとの相同性は約60%であった。このことから、この抗体は別のタンパク質を認識していると考えられる。しかし、興味深い発現パターンを示すことから今後この抗原分子の同定も試みたい。現在、信頼性の高いMusashi-1抗体を得るために、大腸菌でMusashi-1タンパク質の合成を始めたところである。
 正常RPE細胞や分化転換中の細胞はメラニン色素を含むため、通常のin situ hybridization 法では発現を観察することが困難だった。そこで、条件を整える目的で、Musashi-1の前にRPE細胞に多量に発現するRPE65遺伝子のin situ hybridizationを試みた。In situ hybridizationを行った後、メラニン色素の脱色条件を工夫することにより、RPE細胞における発現が観察できるようになった。この結果は、「Visual Cycle Protein RPE65 Persists in New Retinal Cells during Retinal Regeneration of Adult Newt. Chiba/Hoshino/Nakamura et al., Journal of Comparative Neurology 2006, in press」中のFigure4に掲載される。現在、Musashi-1に対する実験を進めている。
   


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