つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200796

病原性点突然変異型ミトコンドリアDNAを有する病態モデルマウスの作製

横田 睦美 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:林 純一(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 ミトコンドリアは酸化的リン酸化によってATP合成を行う細胞内小器官であり、その内部には独自のゲノムであるミトコンドリアDNA(mtDNA)が存在している。このmtDNA上に特定の欠失突然変異や点突然変異が蓄積すると、ミトコンドリアの呼吸機能が低下し、ミトコンドリア病と総称される多様な病態を引き起こすことが知られているが、その発症メカニズムや治療法などは未だ不明な点が多い。ミトコンドリア病の病態発症機構を解明するためには、mtDNAの突然変異が原因で病態を示すモデルマウスの作製が必須である。
 所属研究室では、大規模欠失突然変異型mtDNAを高い割合で有する病態モデルマウスが作製されている。しかし、ヒトミトコンドリア病の中で最も症例の多いMELASなどに相当するmtDNA上のtRNA遺伝子に点突然変異を有する病態モデルマウスは全く作製されていない。大規模欠失突然変異型mtDNAの場合、ゲノムサイズが小さいために速く複製され、個体の成長に伴って割合を増加させることができるが、点突然変異の場合、そのような複製上の利点がないので、ES細胞を用いたmtDNAの導入法が有効である。先行研究で、ES細胞を用いて、複製上の利点がない異種のmtDNAを高い割合で有するキメラマウスや病原性をもつ大規模欠失突然変異型mtDNAを有するキメラマウスの作製に成功している。
 そこで、ES細胞を用いて、tRNAをコードする領域に点突然変異をもつミトコンドリア病モデルマウスを作製することを本研究の目的とした。

<結果>
 マウス繊維芽細胞(B82)に突然変異誘発剤であるN-Ethyl-N-nitrosourea(ENU)処理をし、mtDNA上にランダムに突然変異を蓄積した細胞株(B82ENU)を得た。このB82ENUについて、ヒトミトコンドリア病の病因として最も多くの報告があるtRNALeu(UUR)遺伝子領域を中心に塩基配列を解析したところ、A2748G点突然変異が1055クローン中4クローンで見つかった。このマウスA2748G点突然変異は、tRNALeu(UUR)上のアミノ酸結合部位に近い"Amino acid acceptor stem"上に位置しており、ヒトA3302G点突然変異に相当する。ヒトA3302G点突然変異は、筋疾患のミトコンドリア病患者の病因として数例の報告がある、病原性突然変異である。
 このB82ENU細胞のmtDNAのコピー数を減らし、一部のmtDNAだけをその後のmtDNAの複製によって増殖させるボトルネック処理を施した後に、クローニングすることによって、目的のA2748G点突然変異が入ったmtDNAをわずかに有するクローンを得た。

<今後の展望>
 今回得たクローンについて、さらにボトルネック処理とクローニングを繰り返すことにより、A2748G点突然変異が入ったmtDNAを濃縮していき、A2748G点突然変異を高率に蓄積した細胞株を得た上で、この細胞の呼吸活性低下を確認する予定である。呼吸活性が低下していた場合、その細胞をマウスES細胞と脱核融合し、A2748G点突然変異が導入されたES細胞さらにはこのES細胞由来の病態モデルマウスを作製していきたいと考えている。


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