つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200797

個体ベースモデルによる、周期ゼミの進化シミュレーション

吉村 真弥(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:徳永 幸彦(筑波大学 生命環境科学研究科)

<導入>
 周期ゼミ(Magicicada spp.)は北アメリカにのみ生息していて、ある地方で13年に一度の周期で成虫が大発生をするものと17年の周期で成虫が大発生をするものが存在している。しかし、13年ゼミ、17年ゼミのどちらも北アメリカ全体で13年に一度、もしくは17年に一度大発生するのではなく、地方毎に周期ゼミの成虫の大発生の年がずれており、同じ周期を持つMagicicada同士でも、発生する年が異なり、それぞれ異なる“brood”として区別される。
 昆虫の中でも最も長い期間地面の下で幼虫期を過ごすMagicicadaの成虫の発生が、なぜ周期性を持つように進化したのか、そしてなぜ発生周期が素数なのかということに関しては、これまで多くの研究が発表されてきた。数多い先行研究の中でも、氷河期の気温の低下がMagicicadaの幼虫期間の延長と周期性の獲得の要因となったとするYoshimura(1997)の説は有名である。Yoshimura(1997)はさらに、発生周期が素数となった原因として異なる周期を持ったMagicicada同士が出会って繁殖行動を行った場合には、その子孫は両親の周期とずれた幼虫期間を獲得してしまう。そして、他の個体が殆ど発生しない年に成虫として地表に出てきてしまうために、繁殖相手が見つからずに死んでしまうのではないかと考えた。この仮説が正しいとすれば、自分以外の周期を持った他個体と出会う確率の最も低い素数周期が進化する可能性がある。
 しかし、この説には2つの大きな問題点がある。まず、1つ目の問題点としてGrant(2005)は、mtDNAを用いた系統解析の結果から、Magicicadaが氷河期以前に姉妹群であるOkanaganaから分かれて13年と言う長い幼虫期を持つようになり、その後13年の幼虫期を持つものの中から17年の幼虫期を持つ集団が進化してきたと推測した。これはYoshimura(1997)の氷河期が素数周期獲得の原因であるとする点と矛盾している。2つ目の問題点として、White(1975)による実験結果では、2齢幼虫期のみに休眠によって成長の遅れが生じるという結果が得られており、これは幼虫期全体を通じて土壌の温度の低下による成長の遅れが生じたと仮定している点と矛盾している。


<本研究の目的>
 氷河期による影響とは別の影響により、素数の幼虫期間と周期性が現れる可能性を検証する。そして、氷河期以前に姉妹群であるOkanaganaから系統的に分かれ9年の幼虫期を持った個体群から13年の幼虫期を持ったものへと進化し、その後17年の幼虫期を持つものへと進化したというmtDNAを用いた系統解析から得られた仮説の正統性のについての検証も行う。


<方法>
 2齢幼虫期の休眠の長さを制御している1遺伝子座多対立遺伝子を持った個体ベースモデルを使った進化シミュレーションを用いて、異なる幼虫期を持ったMagicicadaが混在する集団が、素数年の幼虫期を持った集団のみに進化するかどうかを検証する。今回のシミュレーションでは、各個体に休眠遺伝子の遺伝子型として0以上1未満の数字を与え、休眠期間は以下の式によって決定されるとした。



 g1、g2はそれぞれその個体が持っている休眠遺伝子であり、MaxDPは2齢期における最大休眠期間(maximum dormancy period)でMinDPは最小休眠期間(minimum dormancy period)である。またMagicicadaの進化を促す要因として、新たに2つの要因を仮定した。1つ目の要因は、Magicicadaの幼虫期が延長することによる産卵数の増加。そして2つ目の要因は、異なる幼虫期をもった個体同士であっても、ある範囲内であれば繁殖可能であるとする、両親間の遺伝的な距離の閾値である。
 そして、9年から13年への進化を検証するために、9年から15年の幼虫期を持った混合集団を用いたシミュレーション(シミュレーション1)を行い、13年から17年への進化を検証するために、13年から19年の幼虫期を持った混合集団を用いたシミュレーション(シミュレーション2)を行った。

<結果と考察>
 オスとメスが交尾を行い、無事に子孫を残す事ができた際に子供の休眠遺伝子に変異が起こらないと仮定したモデルでは、1万年に相当する世代数を繰り返すと、単一の素数年の幼虫期を持った集団に進化する可能性が示すことができた。しかし、進化の結果素数年を持った集団ではなく、非素数集団が進化してくるケースや複数の幼虫期を持った集団が共存するケースも見られた。今後は、シミュレーションに休眠遺伝子の変異を導入したモデルを用いてさらに解析を進めるとともに、非素数集団や複数の集団が存在するケースがなぜ実際の環境において起こり得なかったのか、という原因についても考察していく。



©2006 筑波大学生物学類