つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200200798

植物及び動物培養細胞における植物ホルモン作用の類似性に関する研究

吉本 亮(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 酒井 慎吾(筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
 動物と植物の細胞間には特徴的な違いがみられ、それらが動物と植物の違いを生み出す要因であると考えられるものの、共通の構造も多く、生命を維持するために必要な基本構造においては共通した構造や機能を有しているといえる。
 実際に、高い増殖能を持つ動物のガン細胞と植物のカルスはよく似た性質を持ち、両者に対して植物ホルモンが同様の作用を示すことが知られている。例えば、植物ではオーキシンによって細胞分裂(カルス誘導)が促進されるが、動物のガン細胞でも大量に合成されており、高い増殖の維持に関与していると推測される。また、カルスから根や芽への分化を誘導するサイトカイニンをヒトの白血病ガン細胞に処理すると、正常な顆粒球へと分化誘導されることが明らかとなった(Ishii 2002)。さらにジャスモン酸でも、ヒトのガン細胞に対してアポトーシス誘導効果を示すことが報告された(Fingrut 2002)。これらのことから、植物ホルモンが動物と植物で同じように作用し、共通、もしくはよく似た経路を介して効果を示す場合があると考えられる。そこで本研究では、様々な植物ホルモンが高い増殖能をもつ動物と植物の培養細胞に対してどのような作用を示し、共通性がみられるのかどうかを調べ、共通作用経路の特定を目的とした。

材料・方法
 植物培養細胞の材料にはタバコBY-2細胞を用い、植物ホルモンとしては、動物培養細胞(HL-60)に対して顆粒球などへの分化誘導を示すサイトカイニン(カイネチン)と、アポトーシスを誘導するメチルジャスモン酸を用いて、植物でも同様の効果が見られるか検証した。BY-2の培養条件は28℃でLS培地を用い、7日間振とう培養を行った後に1mlずつ新しい培地に植え継ぎ、以下のような実験を行った。

・植物ホルモンによるBY-2細胞への増殖阻害効果の検証
 植え継ぎ後1日目の培養細胞に適当な濃度で水(dDW)に溶かした各ホルモンを処理し、コントロールとしては水(dDW)を処理した。それを処理直後(0日目)から1日ごとにサンプリングし、エバンスブルーで死細胞を染色した後、細胞数と死細胞の割合を顕微鏡下でそれぞれ測定した。そこから全体の細胞密度(細胞数/ml)と死細胞の割合(%)を算出した。

・植物ホルモンによるBY-2細胞へのPCDの検証
 PCD誘導効果を検証するため、サンプルをDAPIで核染色した後、核の形態変化を顕微鏡下で観察した。また、処理後1日ごとにサンプリングした細胞からゲノムDNAを抽出し、電気泳動してPCDの指標であるDNAの断片化(ladder状パターン)を調べた。

 動物培養細胞の材料にはヒト急性骨髄性白血病ガン細胞であるHL-60細胞を用い、培養系と実験系の確立を目的とし、検討を行ってきた。そして、動物培養細胞に対する植物ホルモンの作用を検証するアプローチ方法の確立を行った。

・動物培養細胞の培養系の確立
 HL-60細胞を用いて培養のための環境を設立して培養条件の検討を行い、最適な培養系を確立した。現在も培養を続けており、その後、安定した細胞条件が整い次第、各植物ホルモンによるBY-2細胞と同様の処理実験を行っていく予定。

結果・考察
 サイトカイニン・サイトカイニンリボシドによって、動物細胞で示したものと同様に植物細胞のBY-2に対しても高い増殖阻害効果が見られ、特にサイトカイニンリボシドの方がサイトカイニンよりも高い効果を示した。しかし、それぞれの引き起こす現象は動物細胞に対するものと異なり、サイトカイニンでPCDが誘導され、サイトカイニンリボシドではPCDが誘導されない。これは、動物と植物におけるサイトカイニンの異なる代謝経路によるものと推測している。サイトカイニンのほとんどはアデニン誘導体であり、動物でも同じような類似物が存在していると考えられる。しかし、植物では一般にサイトカイニンがリボシド体となって不活化したものが前駆体として各器官に輸送され、サイトカイニンに変換されて活性を持つと考えられているが、動物ではサイトカイニン特異的な代謝経路は知られていない。そのため、動物と植物において異なる作用を示すと思われる。
 メチルジャスモン酸による効果としては、BY-2に対しても濃度依存的に増殖阻害効果が見られ、細胞死を誘導することが明らかになった。また、HL-60に処理した場合と同様に、同濃度で処理したジャスモン酸の効果と比較しても、メチルジャスモン酸の方が増殖阻害効果、細胞死誘導効果共に高い。さらに、その細胞死においても、核形態の変化やゲノムDNAの断片化の様子からPCDを引き起こしていると考えられる。この結果より、メチルジャスモン酸は植物細胞でも動物細胞に対する効果と同様の作用を示すことが示唆された。
 今後さらにABAやブラシノライドなど、植物の細胞増殖においてネガティブに働くと考えられる他の植物ホルモンについても、同様に植物・動物に対する効果を検証し、また正常細胞に対する効果との比較を行っていく予定である。また、これらのホルモンによると考えられる現象のPCDについても、より詳細な解析を行ってその作用メカニズムを明らかにしていきたいと考えている。


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