つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200310772

視床下部背内側部の循環調節における役割

柴山 祥枝 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:照井 直人 (筑波大学 大学院人間総合科学研究科)

[導入・目的]
 視床下部背内側核(dorsomedial hypothalamic nucleusDMH)は、急性ストレスに対する防衛反応(自律神経性反応、神経分泌性反応、行動)を引き起こすのに関わることが知られている。これまでの研究から、DMHの刺激は頻脈・昇圧反応を引き起こすことが知られており、これは交感神経によって介在されていることが明らかにされている。また、DMHから直接脊髄に投射しているニューロンはほとんど見つかっていないので、DMH−交感神経の経路は、脊髄よりも上位の中枢で少なくとも1回以上シナプスしているということが示唆されている。一方、脊髄の交感神経は延髄の吻側延髄腹外側部(RVLM)と縫線核(RN)のニューロンによって支配されていることも知られている。RVLMのニューロンは交感神経を興奮性に支配しており、交感神経の緊張性活動を維持し、動脈圧受容器反射の経路であることが知られている。すなわち血圧の維持に必須のニューロンである。しかしながら、RNのニューロンの機能はまだ定まっていない。DMHの刺激によって生ずる交感神経性循環反応がRVLMRNどちらを経由しているのかについては決着がついていないが、これまでの研究から、DMH刺激によって引き起こされる心臓血管運動反応のうち、心拍数の反応はRNのニューロンを経由し、血管運動反応はRVLMのニューロンを経由しているという報告もある。
 そこで、本研究ではRVLMRNに存在するニューロンの活動を抑制させたときのDMH刺激効果を調べることによってどちらのニューロン群がDMH−交感神経の経路を担っているかを調べることを目的とした。

[方法]
 ウレタン麻酔ウサギを非動化し人工呼吸下で実験を行った。交感神経性の反応のみを生じさせるために両側の迷走神経は切断した。後視床下部を金属電極で電気刺激し、交感神経活動増加、頻脈、昇圧反応の生じる部位を検索し、実験終了時に電流を流して局所破壊を行い、後日、組織学的に刺激部位がDMHであったことを確認した。RVLMRNにニューロン活動を抑制するためにガラスピペットでGABAアゴニストであるmuscimol10 mM)を投与した。投与部位はobex を起点に吻側に3.5 mm、外側3.5 mm (両側)、延髄背側表面から4.0 mm腹側の部位(RVLM)、吻側4.0mm正中線の延髄背側表面から4.0 mm腹側(RN)とした。投与薬物は色素を溶かした生理食塩水に溶かした。色素のある部位を組織学的に検索して投与部位を確認した。投与量(200-300 nl)はガラスピペット内の液面の移動を測定して計算した。血圧、心拍数、血管収縮線維の代表として腎臓交感神経活動を記録し、ADコンバータ(CED 1401 plus)を介してハードディスクに保存し、後日解析(Spike2)した。実験終了後、標本は心臓から灌流固定(10%ホルマリン)し、脳を取り出し、凍結切片を作成し、破壊部位、色素の存在部位を検索した。

[結果]

 DMH
の電気刺激は腎臓交感神経活動の増加と頻脈と昇圧反応を生じた(図1)。RNmuscimol を投与してもいずれの反応に変化がなかったが(図2)、RVLMmuscimol を投与すると、交感神経活動が著しく減弱し、心拍数、血圧も低下し、DMHの刺激によるいずれの反応も著しく減弱した(図3)。

[考察]

 RVLM
のニューロンの活動をmuscimol で抑制するとDMH刺激で誘発される交感神経活動増加や心臓血管運動に及ぼす効果が消失したので、ストレス時の頻脈、昇圧反応はRVLMニューロンを経由して交感神経活動を増加させることによって生じるものと考えられた。

図1.DMHの電気刺激で惹起された交感神経と循環反応。トレースは上から積分した腎臓交感神経活動(RSNA)、心拍数(HR)、血圧(AP)。刺激(0.2 ms duration, 200 mA, 50 Hz, 10 Hz)時間は横棒で示した。交感神経活動が増加し、頻脈、昇圧反応が生じた。

図2.延髄縫線核にmuscimolを投与した後の刺激効果。刺激のパラメータや図の説明は図1に同じ。反応は対照(図1)と同じように存在した。

図3.延髄縫線核に加え、両側の吻側延髄腹外側部にmuscimolを投与した後の刺激効果。刺激のパラメータや図の説明は図1に同じ。反応が消失した。

 


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