つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200601200310776

枯草菌非翻訳型RNA欠損株におけるタンパク質発現変動解析

鈴木 雄一郎 (筑波大学 生物学類 3年)  指導教員:中村 幸治 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
 非翻訳型RNA(ncRNA; non-coding RNA)とはタンパク質へと翻訳されないRNAのことである。そのなかには遺伝子の転写調節や転写後調節を行うものが存在しており、遺伝子発現をさまざまなレベルで制御していることが明らかになっている。真正細菌の場合、60種類を超えるncRNAが大腸菌で同定されており、ストレス応答や病原性に関与するものも見つかっている。一つのncRNAは複数の遺伝子の制御を行うことができ、細胞内で重要な機能を担っている。ncRNAの機能を解析するためには、その直接のターゲットを探索することに加え、タンパク質レベルでの変化を明らかにすることが重要であるが、その方法論はいまだ確立されていない。
 細胞内に含まれるような多数のタンパク質を一度に分離する方法として、二次元電気泳動法がよく用いられている。二次元電気泳動ゲル(2-Dゲル)には各スポットの分子量、等電点、タンパク質量の情報が含まれている。複数のゲルを比較することで、スポットの出現・消失やタンパク質量の増減が明らかになる。またスポットを回収し、解読されたゲノム配列の情報を利用することで、MALDI-ToF MSなどの質量分析によりタンパク質を同定することが可能である。
 枯草菌(Bacillus subtilis)の全ゲノム配列はすでに決定されており、ゲノム情報からncRNAを探索し、8種類のncRNAが発見されている。本研究では、そのうちの一つであるNo. 101ncRNAの欠損株を用いて細胞内タンパク質の変動を解析し、その機能を明らかにすることを目的とした。

方法
 野生株を用いて細胞内タンパク質の2-Dゲルを作製し、これをマスターゲルとしてタンパク質変動解析の基準とした。そしてNo. 101ncRNA欠損株の2-Dゲルとマスターゲルとの比較をし、変化の見られたタンパク質の同定を行った。マスターゲルでは細胞内でタンパク質が活発に合成されている対数増殖期の中期、ncRNA欠損株では対数増殖期中期および増殖期と異なる遺伝子群が発現している定常期の初期に菌体を回収した。

(1)マスターゲルの作製
 枯草菌168株(野生株)を37℃、グルコースを含む最小培地で振とう培養した。培養開始から2時間半後の対数増殖期中期(O.D.500=0.4-0.5)に集菌し、フレンチプレスで細胞を破砕した。遠心後、上清を回収し、一次元目をpH4-7のIPGストリップゲル、二次元目を12%アクリルアミドゲルによりタンパク質を分離した。ゲルをCBB染色法および銀染色法で染色し、ImageMaster(version 5.0、GE Healthcare)によりタンパク質スポットを検出した。スポットを切り出し、トリプシンによるゲル内酵素処理を行い、MALDI-ToF MSでタンパク質を同定した。

(2)非翻訳型RNA欠損株のタンパク質変動解析
 枯草菌No. 101ncRNA欠損株を37℃、グルコースを含む最小培地で振とう培養し、培養開始から2時間半後の対数増殖期中期(O.D.500=0.4-0.5)および6時間後の定常期初期(O.D.500=3.0)に集菌した。2-Dゲルの作製は(1)の方法と同様に行った。コントロールとして野生株の2-Dゲルを同時に作製した。得られた2-Dゲルとマスターゲルとの比較をImageMasterで行った。変化の見られたタンパク質スポットをMALDI-ToF MSを用いて同定した。

結果・考察
(1)マスターゲルではCBB染色法により126のタンパク質スポットが検出された。そのうち31スポットをMALDI-ToF MSにより同定した。枯草菌には4100のタンパク質をコードした遺伝子があり、増殖期には2515の遺伝子が発現していることが判明している。これらの遺伝子のうち、1544のタンパク質が銀染色法により検出が可能とされる。現在のマスターゲルはCBB染色法によるスポット検出のため、そのスポット数も少ない。CBB染色法の利点はスポットのMALDI-ToF MSによる同定が容易なことである。そのためタンパク質の調製や分離方法を改善する必要がある。また銀染色法により低発現量のタンパク質の検出を行い、発現しているタンパク質の全体像を把握する。

(2)対数増殖期中期に集菌したNo. 101ncRNA欠損株の2-Dゲルとマスターゲルとを比較した。ゲルはCBB染色法によりスポットを検出した。複数のスポットでタンパク質量に変化があった。今後、これらのスポットの同定を行う。銀染色法で検出したより詳細なスポットパターンの変化、そして定常期初期での2-Dゲルを作製し、No. 101ncRNA欠損株のタンパク質発現パターンの変化を明らかにする。


©2006 筑波大学生物学類