つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200611SS.

国立大学法人化の理想と現実――教育

生物学類:インプットからアウトプットへ

佐藤 忍(筑波大学 生命環境科学研究科、生物学類長)

  大学経営などに疎い私ではあるが、本稿を執筆するにあたり国立大学法人化とは何かを考えてみると、それはインプットとアウトプットを明確にすることであると思う。教育組織から見ればインプットは「入学する学生」につきるが、アウトプットはそれぞれの組織によって特色がでてくる。本学が教育の中心を大学院教育に移した事と、生物学類では卒業生の8割以上が大学院に進学して研究に従事する事を考えると、生物学類のアウトプットは極言すれば大学院を通して行われる「研究の質」であると言えるだろう。研究を本務とする大学たらんとしている本学においては、学生の教育の成果は研究成果をもって評価されるべきものであると思うからである。これまで生物学類では、大学教育の入り口として、法人化前から各種の改革に努めてきた。以下にその幾つかを紹介させて頂きたい。


1,優秀な学生の確保

主専攻・コースの改革

 これまで生物学類では、2年次からの専門教育において生物学・基礎主専攻と生物学・応用主専攻を設け、後者にはさらに機能生物学コース、応用生物化学コース、人間生物学コースを置いてきた。この2主専攻からなる枠組みは生物学類開設以来続いてきたものであるが、平成19年度の学群改組に伴い、主専攻を生物学主専攻のみとし、その中に多様性、情報、分子細胞、応用生物、人間生物の各コースを設けることとした。今までの基礎主専攻という名前では、具体的にどの様な生物学の分野が設けられているのか受験生・高校生には全く分からないし、そもそも生物学を基礎と応用と大きく括ってしまうこと自体が現代生物学では意味をなさなくなってきている。そこで、既存のコースに近い応用生物コースと人間生物コースに加え、生物世界の多様性を扱う分野(多様性コース)と生物の体や細胞の仕組みを扱う分野(分子細胞コース)を新たに設けた。さらに、現代生物学の進展に伴って蓄積された生物の集団から遺伝子まで多様な分野にわたる膨大な情報をコンピュータを用いて解析する新しい生物学分野として、情報コースを新設した。実際の所、これらのどのコースに所属しようと、他のコースの科目をほぼ自由に履修することができるが、入学を希望する学生にとって入学後の進路の具体的なイメージを得やすくなったと期待している。


入学試験、アドミッションポリシーの改革

 今まで生物学類では、入試要項や入学案内において、どの様な人材を求めているのか具体的には明らかにしてこなかったが、平成19年度からは、「生物世界や生き物の仕組みに対する広い興味を有する人材」を求めることを明記した。生物学類では2年次から専攻コースに分かれるものの、自分の専門に加え、多様な生物学の諸分野を学ぶことを義務づけ推奨してきた。特に1年次には全ての基礎分野にわたる概論8科目と基礎生物学実験を履修し、2〜3年次においても幅広い分野の授業をとるようになっている。これは、学類時代においては特定の専門分野に偏ることなく広範な生物学全体を学ぶことが、その後の大学院における研究、社会に出てからの仕事に幅と奥行きを持たせることになり、狭い興味のみで入学してくる学生では将来の発展が危ぶまれるからである。

 一方、優秀な学生の確保という点で行った入試(推薦入試)の改革が、「過去6年間に複数の入学実績がある高校には推薦枠を2名まで拡大し、その様な高校ではA段階でなくても推薦できる」点である。筑波大学生物学類を高く評価し定期的に学生を入学させる高校に関しては、こちらからも評価し特典を与えることで好循環を生み出したいと考え、平成18年度入試から実施した。今後の効果に期待しているところである。また、生物学類では今まで短期大学や高等専門学校の卒業予定者等を対象にした3年次編入学試験を行ってこなかったが、これらの学生は、それまで受けてきた自然科学教育をベースに、新たな視点から生物学にアプローチできる貴重な人材で、特に新設する情報コースなどで大いに活躍することが期待される。そのため平成20年度から3年次編入学試験の実施を計画している。


大学説明会と学類案内

 対外行事として生物学類が最も重視しているのが夏の大学説明会である。生物学類では2日間にわたり500名以上の学生を受け入れ、学類の教職員・学生委員の総力を挙げて取り組んでいる。両日とも、午前中は生物学類で作成した学類紹介ビデオの上映、教員による入学試験と教育課程の説明、午後は学生による学類生活や入試の体験談、さらに総合研究棟Aの1階と2階の一部を借り切っての研究展示(19ブース)と模擬授業(3講義)、実験センター等をめぐる見学ツアー(3コース)を行っている。この説明会は年々参加者が増えており、実際の入学者でもこの説明会へ参加した者が多く、学生の満足度も大変高い。この説明会の特徴の一つは、学生委員の意見を全面的に採り入れ、毎年進化させていっている点である。また、以前は教員だけで作っていた学類案内(パンフレット)も、昨年度、学生委員の企画により全面的に作り直し、受験生・高校生に大変分かりやすいパンフレットとなった。これらの企画において、教員の独りよがりではなく、受け手の側に立ったフレッシュな学生の意見を採り入れることがいかに大切か、痛感しているところである。



2,教育のアンカバーリング

リアルタイムTWINSによる授業評価

 学生の意見を採り入れるという点において、学生による授業評価に勝るものはないであろう。生物学類では平成15年度からTWINSによる授業評価を生物学類の全授業に対して行い、毎学期その結果の全てを教員からのコメントとともに生物学類の発行するオンライン月刊誌「つくば生物ジャーナル」で公開している。このシステムのポイントは、自由記述欄にある。全てをジャーナルで公開するということが学生にも緊張感をもたらすのか、そのコメントは建設的で真摯なものである。平成17年度からは、双方向型リアルタイムTWINSシステムが導入され、その日の授業が終わっていつでも学生がコメントや質問を書き込め、また担当教員も即座にレスポンスを書き込むことができ、しかも受講生全員と担当教員がその情報を共有できることとなった。しかし誠に残念なことに、これほど優れたシステムが導入されたにもかかわらず入力の手間の問題で回答率は20%そこそこというのが現状である。現在、携帯電話を使ってのアクセスを可能にするシステムアップを要請しているところである。学生と教員の間の真摯なコメントのやりとりと、それを公開できる環境を提供してくれるTWINSの今後に、さらに期待している。学生による授業評価を行っている組織は多いが、その結果をどれだけ有効に利用しているのかが問われる。生物学類では授業の満足度等の評価を教員評価に利用する予定はない。ただし自由記述も含めて全ての結果をホームページ上に公開する。今まで担当教員に独占されていた教育(授業)の情報がオープンになる。このことで生じる緊張感がファカルティーデベロップメントにとって最も重要であると考えている。


TWINSによる評点分布集計と成績評価基準の設定

 TWINSデータのもう一つの重要な活用が評点分布の集計である。生物学類では、平成17年度から、毎学期、全ての授業の評点分布を集計し、授業名を伏せた状態で授業のカテゴリー別に分類して全教員に周知してきた。その結果、授業によって評価に大きなばらつきがあることが明らかとなった。近年、早期卒業やコース分けなど学生の成績が基準として使用される場面が生じてきている現実と、大学院入試が以前のように難しくなくなった今、まじめで優秀な学生に勉学のモチベーションを与える必要が生じてきている。そこで、カリキュラム委員会および教員会議で論議の結果、成績評価基準(ガイドライン)を設けることとなった。まず評価の前提となることは、学生の能力と努力が適切に反映されるような課題や試験を課すことである。その上で、原則としてB評価が最も多くなる評点分布を目指すこととした。この成績評価の考え方はその目的とともに学生にも周知し、本年度の1学期から実施された。今後、この成績評価基準の設定と評点分布の公開が学生と教員に新たな緊張感を生み、生物学類の教育にどのような効果をもたらすか注視していきたいと考えている。



3,コミュニケーション能力の強化

 大学院に入学して第一に求められるのは、生物学・科学の広範な知識に裏打ちされた専門性の高い知識と発想力、粘り強さなどの研究能力である。それらの能力の養成は今までの学類教育で各教員が努力を重ねてきたものである。しかし、それに加えて研究者にはコミュニケーション能力が不可欠である。生物学類および生物系大学院では、本年度より外国人教員として科学コミュニケーションの専門家を採用し、専門外国語の授業に科学コミュニケーションの要素を取り入れた。また、科学コミュニケーションに関わる仕事に従事している本学の卒業生等の協力を仰ぎ、昨年度より科学コミュニケーションの特別講義を開催している。詳細は次の機会に譲りたいが、今後、実践トレーニングや理科教員免許の取得の奨励等と併せて、科学コミュニケーション教育をさらに推進していきたいと考えている。



4,おわりに

 学類教育は大学教育の入り口・基礎として大きな使命を負っている。知識やスキルの伝授は重要な教育メニューの一つである。しかし我々の最も重要な仕事は、学生に「やる気」と「自信」をつけさせて大学院へと送り出してやることであると思う。卒業生の中から一人でも多くの光を放つ研究者が誕生することを願ってやまない。それこそが国立大学法人筑波大学にふさわしいアウトプットであろう。

*本稿は、「筑波フォーラム」74号に寄稿した原稿に加筆修正したものである。

Contributed by Shinobu Satoh, Received December 13, 2006.

©2006 筑波大学生物学類