つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200603NM.

特集:卒業

70年ぶりの再会から

宮本 教生(筑波大学 生物学類)

 「下田産ギボシムシの分類学」これは私の卒業研究のテーマです。ここでは私がこのテーマで卒業研究を始めた理由、そして卒研の1年間のことを語ってみようと思います。まず、ギボシムシと聞いてそれがどのようなムシであるか思い描くことのできる人は非常に少ないでしょう。ギボシムシとは半索動物門、腸鰓綱に属する動物の総称で、海底の砂泥中に棲む蠕虫状の動物です。現生種は約80種で、日本からはたったの7種しか知られていません。私の友人は、ギボシムシが私の本命であり、彼らがいれば私は幸せであると思っているのですが、私には胸に秘めた本命の恋人(恋ムシ?)がいるのです。その名は“フサカツギ”。またわけのわからん生き物の名前が出てきたと思う方が多いでしょう。フサカツギはギボシムシと同じ半索動物門の翼鰓綱に属する動物の総称です。フサカツギ類は現生種26種と非常に小さなタクソンであり、日本からは3種がそれぞれ1回ずつ、つまり3回しか見つかっていない、非常に珍しい動物です。では、なぜ私はフサカツギに魅せられ、結局あきらめてギボシムシを選んだのか‥‥‥話を2年生の2学期に戻してみましょう。

 私は高校のころ生物学に興味を持ち、生物学類に入学しました。でも様々な生物・生命現象に興味があったため、生物学の中で何がやりたいのかはっきりしていませんでした。ただ実験室の中だけで研究するのがなんとなくいやだったので、フィールドに出る機会があることをしようと思っていました。そしてなんとなく動物が好きで、なんとなく海が好きだったので「下田楽しそうだなぁ〜」なんて思っていました。そんな私に転機が訪れたのは、動物系統分類学の授業中に町田龍一郎先生がお話になった雑談を聞いたときでした。私は、町田先生が学生時代に国立科学博物館に押しかけバイトをしていたという話を聞き、ただ単純に「あっ、やってみたいなぁ」と思いました。そのときの気持ちはよく覚えていませんが、たくさんの生き物を見ることができるという期待もあったし、博物館という場所に興味もあったし、何か自分の中のもやもやが解消されるのではと期待していたということもあったでしょう。授業のあと町田先生のもとへ行き、「僕もやってみたいのですが、どのように連絡すればいいでしょうか」と訪ねると、ありがたいことに先生が仲介をしてくださることになりました。そしてとんとん拍子で話が進み、3学期から国立科学博物館の並河洋博士のもとでサンプルのソーティングをさせていただけることとなりました。仕事内容は相模湾のドレッヂサンプルをある程度のタクサ(門レベルのものもあれば、目レベルのものも)にソーティングしていくというものなのですが、これが最初は全くわかりませんでした。私は動物形態分類臨海実習を履修していて、生物学類の中でも生き物に詳しいほうでしたが、わからない生き物が次から次へと現れました。1日中実体顕微鏡を覗き、図鑑とにらめっこをして、それでもわからないものは別によけて置いて、後で教えてもらうという流れで作業を進めました。

 1ヵ月後、いつものように顕微鏡を覗いているとまたおかしな生き物が現れました。触手みたいなのがあるけどヒドロ虫とも違うし、苔虫でもない。私はいつも通りそれを保留にしておき、そして3時のおやつの後にいつものようにそれについて聞いてみました。

宮本:あのぉ〜、またわからないのがいたんですけど。
並河:どれどれ。‥‥‥‥宮本君!!これはひょっとして、ひょっとしますよ!!
宮本:えっ!?えっ!?なんですか一体?
並河:まだ確認しないとわからないけど、もしかしたら特大ホームランですよ!!
宮本:えっ!?何ですか?何ですか?

日本4回目のフサカツギの発見でした。
その後、サンプルを半索動物の専門家である名古屋大学の西川輝昭教授に送り、確認していただき、それがフサカツギであることが決定的となりました。相模湾からは70年ぶりの発見でした。

 新たにお会いした分類学者に「フサカツギの彼ですよ。」と紹介され、相手も「ああ、フサカツギの彼ね。」と納得されるようになり、自分は大変なことをしたのだなぁと実感するようになりました。そして私は当然のようにフサカツギに、半索動物に興味を持ちました。そして3年生の夏、よく考えもせず行動してしまう私は名古屋大学の西川教授のもとを訪れ、「フサカツギの研究がしたい。」と申し出ました。すると西川教授は「滅多に取れないものをメインテーマにはできないから、同じ半索動物のギボシムシを軸にしたらどうか?」とおっしゃっりました。そして下田に種類のわかっていないギボシムシがいるということも教えてくださりました。その後実習で下田を訪れたときに、センターの屋外水槽に大量のギボシムシが生息していることを見つけました。私の卒業研究のテーマが決まった瞬間でした。

 卒研のテーマは決まっていても、研究室が決まっていないという通常では考えられない状況に私は置かれました。下田に拠点を置いたほうがいいから齊藤研か青木研に搾られました。両先生もとラボのテーマとは関係のないにもかかわらず私を受け入れてもいいとおっしゃってくださりました。そして、齊藤先生がイタボヤを数種記載したことがあること、半索動物と脊索動物が系統的に近いことなどの理由で齊藤研にお世話になることにしました。

 3月になり、下田に引越した私は、まず屋外水槽に棲んでいるギボシムシの同定と野外での生息地を探すことから始めました。同定の結果Balanoglossus sp. であることがわかったのですが、野外の生息地は一向に見つかりませんでした。センター周辺を中心に潮間帯から水深30mくらいの砂地を潜水やドレッヂなどで探し回ったのですが、ぜんぜんダメ。しかしこの努力が思わぬ副産物を生みました。屋外水槽の種類は見つからなかったが、別種のギボシムシが2種類見つかったのです。また東京大学の臨海実験所のある三崎でもギボシムシを1種類見つけました。これら3種はこれまで日本で記録がなかったものであることは一目瞭然でした。これまで日本からは7種類しか見つかっていなかったギボシムを私はたった1年で4種類見つけてしまったのです。そしてついに1月末に下田市須崎の九十浜で屋外水槽のギボシムシを見つけました。

後輩達へ

 なぜ私が自分のことを語ったのかというと、こんなおかしな人もいたんですよ、ということを知ってほしかったからです。私は2年の途中までは毎日のように飲食店でアルバイトをし、何かに詳しいわけでもなく、何かはっきりとやりたいことがあるわけでもない、面白味のない学生でした。しかし現在では半索動物の研究に熱中し、多くの人に面白がられ(変人扱いされ?)ています。そして誰がなんと言おうと半索動物の研究を続けるつもりです。がんばればいいことがあります。そしてがんばれたのは、こんな私を受け入れてくれる多くの恩師に出会えたからです。自分のやりたいことがはっきりしないのなら、まず積極的に動いてみてください。すると思わぬ出会いがあるものです。出会いが多いほど本当にやりたいことが見つかる可能性が高くなります。大学の1〜3年生のときは一番自由な時間が多く、動きやすい時期です。ぜひ自分のやりたいこととそれができる場所を見つけてください。

最後に

 一応下田の代表としてこの文章を書いているので、下田の宣伝をしておきます。下田は暖かいし、海がきれいだし、魚介類がおいしいですよ。生活も近くにスーパーや生活用品店があってつくばに比べて不便だということはありませんよ。友達に会えなくなるのが寂しいという人がいますが、どうせ4年になったら卒研で忙しくてつくばにいても友達には会えませんよ。花粉もつくばに比べて少ないですよ。引越しが面倒?それなら仕方ありません。


下田産ギボシムシBalanoglossus sp. とその生息地

Communicated by Shinobu Satoh, Received March 24, 2006.

©2006 筑波大学生物学類