つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200606IE.

特集:筑波大学植物発生生理学研究室の歩み

農業の良さを伝えたい

江口 郁恵 (茨城県農業改良普及センター)

 私は平成11年に生物学類に入学し、大学院進学後、平成17年に茨城県の職員となりました。現在は、坂東地域農業改良普及センターに勤務する「農業改良普及員」2年生です。「農業改良普及員」という仕事は初めて耳にしたという方もいらっしゃるかもしれません。私が携わっている仕事について、少しだけご紹介したいと思います。

どうして農業?

 そもそも、私がどうして農業職に就こうと思うようになったのか少しお話したいと思います。生物学類なのに、どうして農業?そう思われる方もいるかもしれません。実際、この仕事を始めてから、農業の知識が無いことで苦労をすることも度々あります。私自身、この仕事に就くことになろうとは、生物学類時代には全く思いも寄りませんでした。しかし、現在の私があるのは、植物生理学研究室での日々があったからだと言えると思います。もちろん、研究室では農業に関する研究をしていたわけではありませんが、基礎研究だけに留まらない、広い視野を持つ人たちに囲まれ、私の興味も次第に食品、とくに生産の原点である農業へと移っていったのです。

農業改良普及員ってどんな仕事?

 県の職員となって、私が配属されたのは「農業改良普及センター」でした。ここは、地域の農業振興に関わる業務を行う県の機関です。そこに所属する農業改良普及員は、農業に関する専門的知識を持った専門家で、栽培技術や農業経営などの面から農家をサポートする仕事を行っています。しかしこの普及員、専門家と言ってもその仕事は実に多岐に渡っています。自分の専門の作物に対する技術指導は当然のこと、地域の若い生産者のクラブ活動の支援、農家のお母さんたちのグループ活動の支援、作物の生育調査、経営に対する相談など・・・。農家の幸せのため、農業振興のためなら何でもやってしまういわば「農家のサポーター」なのです。

普及員としての毎日

 私が配属された坂東地域は、県西に位置する露地野菜の一大産地でした。特に、普及センターがある坂東市は、レタスとネギの大産地。どこを見てもネギ・レタスばかりが広がっています。この野菜の大産地で、私の普及員生活は始まりました。

 実際に仕事をしてみて、改めて普及員の仕事の多様さに驚きました。ある時は、「今日はネギの調査だ」と言って試験ほ場からネギを自分で収穫し、ネギ特有のあの「つーん」という臭いに涙を流しながら収量調査をする。またある時には、農業後継者クラブの定例会に参加して活動の相談にのる。そしてある時には、農家の人に対して栽培講習会をする。普及という仕事は、ルーチンワークなど一つもない、変化と刺激に満ちた毎日です。

 その他にも、職場には毎日のように農家の方から様々な相談が寄せられます。「稲の苗の調子が悪いのだけれど、見てくれない?」「ネギが病気みたいなんだけど薬は何を使ったらいい?」「ボケ予防に何か野菜を作りたいんだけど・・・」などなど。大学で植物を専攻していたとはいえ、作物の栽培や病害診断に対してはまったく素人の私。今日はどんな質問が飛び出すのか、ドキドキというよりは、いささかヒヤヒヤしながら農家の方と接する毎日が続きました。

農家のあたたかさに触れて

 技術も経験もないのに、どうやって農家の人と接したらいいのか。栽培指導や病気の診断はどうしたらいいのか・・・。大学の時に学んだことがなかなか生かされない中で、私は焦りと不安を覚えていました。そんな頃、私はある年配の農家の人からよく相談を受けるようになりました。相談内容に答えるにはいつも時間がかかってしまいましたが、うまく作物が出来た時には、「ありがとう、普及員さんのおかげだよ」と言って下さいました。その言葉、その笑顔は、どんな褒め言葉よりも嬉しいもので、自然と私の焦りも消えていきました。

 1年間の間には、色々な農家の方に出会いました。特に印象的だったのは、普及員1年生が全員経験する1週間の農家研修。初めて農家の生活を体験しました。実家が農家ではない私にとっては、本格的な農作業は初めてのこと、慣れない手つきでレタスの収穫やネギの播種作業、イチゴの定植をやらせてもらいました。受け入れ農家の方は、忙しいのにも関わらず、栽培のことを丁寧に教えてくださっただけではなく、「坂東の家族と思ってくれていいからね」とまでおっしゃって下さりました。農家の方のあたたかさに触れ、農家の人の為に何が出来るか、どうしたらもっと農業は良くなるのか、サポーター魂に火がつきました。

若者がつくる「これからの農業」

 一年目の私に課せられた仕事、それは「農業後継者の育成」でした。具体的に言えば、農業後継者クラブの活動支援。勉強会や研修会を行いながら、広い視野や考え方、技術向上を目指すのです。メンバーは、20代〜30代と若いグループですが、仕事への熱意、真剣さは同じ年の学生とは比べものにもならず、学生上がりの私は、その真剣さにいつも感心してばかりでした。
 そんな彼らは現在、スーパーの「地元野菜コーナー」で野菜を販売しています。この「地元野菜コーナー」の売れ行きは上々。しかし、一つ問題がありました。それは、白菜農家が多いこのグループでは、白菜の時期にどうしても白菜が余りがちになってしまうということ。何とかそれを解消出来ないか、白菜の消費拡大とともに、地元野菜コーナーももっとPRできないか。そうして考えたのが白菜を使った「キムチ漬け講習会」でした。メンバーが作った白菜を使ったキムチ漬け講習会は、大盛況。講習会に参加してくれた人の中には、「メンバーと話をして安心感が生まれた」「今度は地元野菜コーナーで野菜を買いたい」と話してくれた人もいました。「顔の見える販売」。作ってただ売るだけではなく、知って、理解してもらうこと。これからの農業にはそれが必要なのだと感じています。

これから・・・

 1年間仕事をしてきて、学生の時に私が抱いていた「農業=ルーチンで土臭い」というイメージは、すっかり払拭されました。健康や安全・安心指向の高まりの中で、ただ作っていれば売れるという時代はもう終わってしまったのです。これからの農業は、作り方、売り方、そして農産物の利用方法も多種多様になっていくのだろうと思います。知的創造産業として農業が生まれ変わろうとしている今、どうやって農業振興に貢献していけば良いのか。新しい視点・柔軟な発想力を持って様々な課題を解決していかなければならないと感じています。そして、普及センターという機関、そして普及員は、様々な側面から農業を取り巻く問題に取り組むことが出来る立場でもあります。今の私にとっては、専門性を身に付け、栽培面でのフォローが出来るようになることが一番の課題です。しかし、それだけに留まらず、広い視野を持って、農業の良さや大切さを正しく消費者や子供に伝える「橋渡し」をしていくことが出来ればと思っています。

(2005年生命環境科学研究科前期課程修了)

Communicated by Shinobu Satoh, Received June 12, 2006.

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