つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200606YK.

特集:筑波大学植物発生生理学研究室の歩み

もっと青く

勝元 幸久 (サントリー株式会社 先進コア技術研究所)

 サントリーで青いバラの開発プロジェクトがスタートしたのが1990年。私が生物学類を卒業し、サントリー株式会社へ入社したのはその翌年の1991年です。希望が叶って青いバラの開発メンバーとして仕事をさせてもらえることとなり、サントリーという食品メーカーに勤めていながら、お酒やお茶、ジュースなどの開発ではなく、入社以来ずっと花の仕事に携わっています。主に、@アグロバクテリウムを介してバラへ遺伝子を導入して形質転換体を作出する、A取得した形質転換体を育苗し、花を咲かせてそれらを評価するという業務を担当してきました。

学生時代の私

 そもそも、私がこの分野に興味を持ったのは、大学時代の試験問題がきっかけだったように思います。「アグロバクテリウムについて説明しなさい」という記述式の設問でした。これに対して、ろくな解答が書けず、恥ずかしさと悔しさで試験が終わってから必死になって調べ直しました。そうしたところ、このバクテリアが実に面白い。自分の遺伝子の一部を植物細胞の染色体に組み込む、いわば自然の中の遺伝子組換えをやってのけるすごいやつだということを知りました。その後、鎌田博先生の研究室の門を叩き、半ば無理やり(?)弟子入りさせていただき、卒業研究でもアグロバクテリウムを用いたテーマを与えていただきました。自分で言うのも何ですが、決して優秀な学生ではなかった私は、要領が悪い分、人が5日働くところを7日働けばそれだけ研究は進むと信じて、連日夜中までRI室にこもるというような日々が続きました。実際に成果を出して研究室に貢献できたのか?と問われたら思わず黙ってしまいますが、好きな仕事を今もこうして続けていられるのは、飲み込みの悪い私にも親身になってご指導いただいた鎌田先生はじめ植物発生生理学研究室の先生方、先輩方のおかげと心から感謝いたしております。また、お酒の楽しい飲み方を教えていただいたのもこの頃でした。重ねて御礼申し上げます。

 ちなみに、学生時代に教えていただいたことをまとめたノートは今も会社の机の中にあり、時々読み返しております。技術が進歩して、便利なキットや機器がいろいろと登場した現在でも、一番重要な基本の部分は当時と何ら変わりないと思います。

最近の私

 さて、入社後の苦労話や開発の歴史などは会社のHPを参照していただくとして・・・。2004年6月、最初の取り組みから実に14年間の開発期間を経て、世界で初めて青色色素デルフィニジンを持つ「青いバラ」を咲かせたという内容の広報発表を行い、ようやくひとつめの区切りをつけることができました。記者会見後はTVや新聞、雑誌など国内外のメディアで大きく報道され、正直なところ、そのあまりの反響の大きさに驚きました。さらには、バイオインダストリー協会(JBA)の特別技術賞、日本産業デザイン振興会のグッドデザイン賞 金賞、日本植物細胞分子生物学会の特別賞なども受賞し、2004年は青いバラの研究開発に携わってきたメンバーにとって忘れられない年となりました。

 しかし、浮かれている暇はありません。今後も商品化へ向けてやらなければいけないことは山ほどあります。この青いバラは遺伝子組換え植物ですので、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称カルタヘナ法)」という法律に従い、生物の多様性への影響などを調べた上で、最短で2007年末の販売を目指しています。これは、納期的にみてもかなり高いハードルですが、青いバラを単なるシンボリックな研究成果だけで終わらせてしまっては意味がありませんので、頑張ってビジネスとしても成功させたいと思います。

 色に関しても、もちろん現在のレベル(青紫色)に満足しているわけではなく、青いバラへの長い歩みを止めた訳ではありません。デルフィニジンは、あくまでも青い花の必要条件ですので、今回の青いバラもまだまだ物語の序章にすぎません。バラをもっともっと青くするための努力を現在も続けています。また、これまで赤系・黄系色素だけですすめられてきたバラの育種に青系色素が加わることで、バラの色はより多彩になると期待されます。青色系カーネーション「ムーンダスト」の花言葉は「永遠の幸福」ですが、青いバラも世界中の人々の幸せや、平和を象徴するような花になってくれることを願っています。

もっと青く。「夢」に向かって挑戦をつづけます。

 サントリー創業の志であり、サントリー文化の代名詞としても知られている「やってみなはれ」という言葉があります。これは、創業者・鳥井信治郎の口癖でした。やってみよう。やってみなければわからない。信治郎は、当時日本では不可能と言われていた本格的な国産ウイスキーづくりに挑戦し、日本にウイスキー文化を定着させました。「新しい価値創造」を企業理念とするサントリーを表すこの言葉は、創業当初から今でも全社員の心の中に生き続けており、青いバラはサントリーの「やってみなはれ」を象徴する研究開発テーマだと言われることも多いです。

 「青」は「ムーンダスト」の花言葉にもある通り、幸せの象徴ですが、同時に「挑戦しつづける気持ち」を表す色でもあります。赤コーナーのチャンピオンに対し、挑みつづける「チャレンジャー」の色です。タイトルに掲げた「もっと青く」にという言葉には、現状に満足することなく、絶えず夢に向かって挑戦をつづけていきたいという決意も込められています。

 最近は私もパソコンの前で難しい顔をしている時間が増えてしまい、少し現場から離れてしまっているような気もしておりますが、できるだけ時間を作ってクリーンベンチの前に座って自分で手を動かし、温室でも植物と触れ合うようにしています。もっと青く。「夢」に向かって挑戦をつづけます。今後ともご指導、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

 最後になりましたが、生物学類および植物発生生理学研究室の益々のご発展と皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

≪参考URL≫

『青いバラ』 http://www.suntory.co.jp/company/research/blue-rose/index.html
『ムーンダスト』 http://www./moondust.co.jp/
『Florigene社』 http://www.florigene.com
*時間経過等によりリンク切れの場合もあります。ご了承ください。

(1991年生物学類卒業)

Communicated by Shinobu Satoh, Received June 12, 2006. Revised version received July 6, 2006.

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