つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2006) 5: TJB200608TM.

動物系統分類学 ―私の昔のテキストから―(連載第1回)

牧岡 俊樹(元 筑波大学 生物科学系)

まえがき

 このたび林純一先生から、私が 2001年度に筑波大学を定年退職するまで担当していた動物系統分類学の講義関連のテキストを、つくば生物ジャーナル(TJB)に連載しないかとのお誘いをいただきました、しかしここ10年ほどの間に、動物系統分類学では、遺伝子 DNA の塩基配列のデータにもとづき分岐論によって構築された系統関係を中心とする大きな変化が進行しており、私の昔のテキストにはその多くが含まれておりません。現在、筑波大学生物学類では、現役の優秀な先生方が、これらの新しい変化を含む動物系統分類学の講義や実験実習を鋭意続けておられることと思います。ここに今さら私の昔のテキストを出してもあまり意味がないだろうし、古さやあらが目立って恥ずかしいと思い、ご辞退しようと思いました。ですが考えてみればこれはおそらく私の短慮であって、林先生がそんな意味のないことを勧めて下さる筈はありません。
 新しい動物系統分類学の真価を明確にするためには、従来のものとどこがどのように違うのかを明らかにすることが必要です。従来の表現型にもとづく動物系統分類体系の例はいろいろありますが、私のテキストはその中では比較的近年のものですし、今までの学説を紹介しただけのものではなく、よくも悪くも私自身の考え方を通した点では、竜頭蛇尾だか蛇頭蛇尾だか、ともかくも頭と尾がつながっており、またその点に私自身が責任をもつべきものだと思います。そしてそのゆえに、新しい動物系統分類体系の引き立て役として、とりあえず手頃であるかもしれません。それに今ならまだ私自身の手で出すことができるのではないかとも、思い直した次第です。
 筑波大学の動物系統分類学の講義は、東京高等師範学校の岡田弥一郎教授や東京文理科大学の福井玉夫教授の時代から始まり、東京文理科大学と東京教育大学の丘 英通教授を経て、東京教育大学と筑波大学の関口晃一教授に受け継がれた伝統のある講義です。そしてこの講義とそれに伴う実験実習を通じて脈々と伝えられていたものは、いろいろな動物の形や機能や生き方を、ある時は教室や実験室で、またある時は下田の海や菅平の高原で、話に聴きまた実物をつぶさに見た時の驚きであり感動であり、それらの動物の進化の歴史を考えるおもしろさであったのです。私は1987年度から2001年度までの15年間、筑波大学生物学類においてこの講義とそれに伴う実験実習を担当することができました。その間に、この分野を学ぶことのおもしろさを、丘先生や関口先生の何分の1かでも学生諸君に伝えることができたとすれば、とても幸いに思います。
 動物系統分類学の講義は、この分野に興味をもつ生物学類2、3年次生のための選択科目でしたから、私は分類表や図など資料のプリントはたくさん作りましたが、この講義のためのテキストはあえて作りませんでした。今ここで述べているテキストは、じつは、動物系統分類学の導入編として1989年度から担当した生物学類1年次生の必修科目、基礎生物学 B「動物の分類」(後に基礎生物学 A「動物の分類」、さらに動物分類学概論と改称)の講義のために、初めての人への手引きとして作ったものです。時間数の関係から動物系統分類学の約半分の量になっており、系統よりも分類に重点がありますが、基本的な考え方は同じなので、後年には動物系統分類学の講義や実験実習の基礎資料の1つとしても使うようになりました。つまり、このテキストは本来「動物系統分類学」の講義のテキストではなく、その簡約版のようなもの(と言っても正規版はまだないのですが)であることをご了解下さい。
 TJB 掲載に当たり、最後の2001年度版を底本としましたが、古さや記述の不明確さが目立つところはできるだけ修正し、また注や補足としての囲み(コラム)を増やすようにしました。この昔のテキストが、生物学の基本である系統分類学の新しい講義や実験実習の引き立て役として、あるいは生物学類の卒業生諸君が学生時代を思い出すきっかけの1つとして、ほんの少しでも役立つことを願っています。

(2006年 8月17日)


はじめに

 分類学は生物学の A でありまた Z であるという。
 生物学のどの分野でも、生物学の研究は生物を材料として行なわれる。生物学も科学であるからには、その研究の結果に再現性がなければならない。生物学の研究における再現性とは、同じ材料を用い同じ方法で研究する限り、誰がやっても何度やっても同じ結果が得られることをいう。材料が同じ、つまり同種の生物であることを保証するのが分類学であるから、生物学のあらゆる分野の研究はその出発点において分類学を必要とする。ゆえに分類学は生物学の A であるという。
 一方、人類が命名し分類体系の中に位置を定めた数百万におよぶ生物種のほとんどは、偶然採集された少数の標本の形態上の特徴にもとづいて仮に命名され、仮の位置に置かれたものである。仮の種であるこれら形態種は、いずれ生活史や遺伝的特性の解明により、近縁の他種とは異なる独自の種であるか、また分類上の位置が正当であるかを検証されねばならない。検証のためにはその種に関する生物学のあらゆる分野の研究成果が有用であり、ゆえに分類学は生物学の Z であるという。

第1章  生物の分類と系統

第1項  生物と分類

 地球上の生物は、自身で意識するしないにかかわらず、自身の種族と他の種族を識別しており(同類認識 kin recognition)、これが生物の分類の原点である。またすべての生物の間には進化の歴史にもとづく類縁の遠近(系統関係)がある。人類は生物を理解し、その理解を共有するために、自身を含むすべての生物を分類し、それらの類縁を追究してきたが、生物の種類は多く、同類認識にもとづく分類も、進化の歴史にもとづく類縁の解明も、まだ途中の段階にある。本講はその近年の1段階の概要を示すものである。

  1─1  生物と生命

 生物 (organism) とは生命(life)と呼ばれる一連の化学反応の連鎖系によって維持される物質の一時的(生まれてから死ぬまで)で開放的(外界との間で物質のやりとりを続ける)で動的(合成と分解をくりかえして変化し続ける)な集合体であり、生物体内ではそれらの物質は主に有機炭素化合物(核酸、タンパク質、糖質、脂質など)と水である。生物としての動的物質系は個体 (individual) として独立しており、個体は1個または多数の細胞(cell)からできている。生命と呼ばれる一連の化学反応は DNA 分子の塩基配列として遺伝子(gene)中に保存されている遺伝情報(genetic information)にしたがって細胞内で進行する。

 1─2  生命の連続と生物の分類

 生命と呼ばれる一連の化学反応系の最も基本的な部分は、今から約38億年前の地球上で始まったと考えられ、これを生命の起源という。
 化学反応系としての生命は個体の死(death)によって終るが、その遺伝情報は生殖細胞(germ cell)を通じて次の世代の個体に伝わる。また種が絶滅 (extinction:その種に属する最後の個体の死) すれば、その種が担い伝えてきた生命は終るが、多くの場合、その遺伝情報は絶滅以前に、種分化(新種形成、本章1-4)によって新しい種に伝わる。遺伝情報は、世代ごとにさまざまな変異を重ねながら進化を続け、生命の誕生以後一度も絶えることなく個体から個体へ、種から種へ伝えられて今日まで続いており、これを生命の連続という。
 生命は連続しているが、生命を担う個体や種は連続していない。ゆえに、ある個体や種を他の個体や種と区別することができる。生物の分類 (classification) はここから出発する。

  1─3  個体と種

 地球上の生物は、すべて個体を単位として存在している。同じ種(しゅ) (species, pl. species) の個体の間や生殖細胞の間では同類認識のはたらきにもとづいて交配や受精や発生が起こり、子孫ができるが、別の種の個体や生殖細胞との間では交配や受精や発生が起こらず、子孫ができない。種はこのような生殖的隔離(reproductive isolation)によって他の種と区別されている最も明確な個体の集合体であり、ゆえに生物の分類の最も基本的な単位である。
 マイヤ(Mayr, 1940, 1969) の生物学的種(biological species)の概念では、両性生殖 (bisexual reproduction) により2世代以上にわたって子孫を作り続けることのできる個体同士を同じ種の個体とし、それのできない個体同士を別の種の個体とする。これは生物個体自身あるいは生殖細胞自体による同類認識にもとづいており、自然界における生物自身による種の認識に準じるもので、両性生殖をするすべての生物に適用できる(無性生殖または単為生殖のみによって繁殖している生物には適用できない)。だが、2世代以上にわたる交配の結果の検証には時間と手数がかかり、現在までにこの種概念に当てはまることが確認されている種はわれわれ自身や実験動物や家畜などせいぜい数百種程度にすぎない。この数は数百万種と言われる動物種の中ではきわめて少なく、それ以外のすべての種は、形態上の特徴にもとづいてとりあえず命名され、まだ生物学的種の検証を受けていない仮の種、すなわち形態種(morphospecies)である。しかし、生物学の研究の交流のためにも、また個別の生物に関する知識を全人類が共有するためにも、生物には世界共通の名前(学名)が必要で、形態種とその学名には研究上および実用上の大きな役割がある。

コラム1:種の学名

 生物学的種でも形態種でも、科学的に認められているすべての種には種名(species name) が与えられており、その所属する属の属名(generic name) とならべて書かれる(Homo sapiens など)。このような命名法を二名法(binominal nomenclature) といい、属名と種名を合わせてその種の学名(scientific name) という。学名はラテン語またはラテン語化された造語で、イタリック体(斜体)で印刷される約束である。種の独自性と所属を明らかにする学名は、生物学の全分野での研究と、その研究の再現性の確認のために不可欠なものなので、命名法や学名の扱い方が国際動物命名規約(最新版は第4版、2000.1.1発効)によって細かく規定されている。
 世界共通の学名の他に、国や言語圏ごとに通用する共通の名(標準名)がある。たとえば日本語ならヒト(Homo sapiens)やキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)などは、学名(カッコ内)に対応する標準和名であり、カタカナで書かれる。

コラム2:雑種

 種とは生殖的に他の種と隔離されている個体の集団であるから、ある種の個体と別の種の個体との間に雑種の子が生まれることは基本的にない。しかし、ごく近縁の種間ではまれに交配が成立して雑種の子が生まれることがある。たとえば、雌のウマと雄のロバとの間にできた雑種の子をラバと呼び、粗食に耐えておとなしいので家畜として重用されていたが、ラバには生殖能力がなく1代限りである。またウマとシマウマやトラとライオンの間などにも雑種の子が生まれることがあるが、1代限りで2世代目以後の子孫はできない。これらはいずれも人為的な環境下で交配が成立した結果であり、自然状態ではそれぞれの種ごとに住む地域が異なり、あるいは種ごとに集団や縄張りを作って生活しているので、種間雑種のできる機会はほとんどないと思われる。また雑種に生殖能力がないのは、種の異なる両親から来た染色体の数や形や含まれる遺伝子の種類や配置が違うために、減数分裂に不具合が生じ、生殖細胞形成が正常にできないためと思われる。マイヤの生物学的種の概念は種間雑種が1代限りであることを基礎としたものである。
 なお一般に言うイヌなどの「雑種」は、種間の雑種ではなく、品種(本章1-5)間の交雑による「雑品種」である。イヌの多くの品種は、たとえば闘犬用の品種である土佐犬が土佐地犬(高知県原産)とマスチフ犬(イギリス原産)の交雑によって作り出されたように、元になる品種を人為的に交雑することによって作られ、以後の交配を厳重に管理することによって維持されているが、人為的な管理がなくなって品種間で自由に交配するようになれば、品種の特徴は互いに混ざり合い、野犬によく見られるようないわゆる「雑種犬」になってしまう。

 1─4  種分化

 個体がすべて親の個体から生じるのと同じく、種はすべて元の種から生じる。
 生物個体の遺伝子DNA(ゲノム genome)の塩基配列(遺伝子型 genotype)には突然変異(mutation)や組換え(reconbination)などにより時間とともに変異(塩基配列の変化)が蓄積する。生殖細胞 (germ cell) の遺伝子に生じたこのような遺伝子型の変異は次の世代に伝えられ、それらの遺伝子の活動によって形や機能や発生などさまざまな表現型(phenotype)の変異が生じるが、その結果、それまでは同類認識にもとづいて交配し、子孫を作っていた同種の個体との間や同種の生殖細胞との間で同類認識が阻害され、交配や受精や発生に障害が起こって子孫を作れなくなる場合がある。
 このような変異をもつ複数の個体の間で新しい同類認識ができ、交配や受精ができて子孫を作れるようになれば、これらの個体は今までの種を離れて、新しい種を作り出したと言える。新しい種は元の種から分かれて生じるので、これを種分化(speciation、新種形成)という。種分化による新しい種の形成が生物の進化(evolution)の始まりである。生物はその歴史を通じて種分化をくり返して進化し、現在見られるような生物の多様性(diversity)を生み出した。

コラム3:質的な差異と量的な差異

 種の成立から長い時間を経て、種内の個体の遺伝子型(遺伝子の塩基配列)に多くの変異が蓄積し、個体の表現型にも多様な変異が生じていても、生殖的隔離をもたらすような変異がなく、個体間の交配が可能で子孫が生まれ続ける限りは同じ種である。逆に、種の成立からあまり時間を経ていない若い種で、種内の変異の幅が小さく、したがって個体の形や性質がみなよく似ていても、その一部の個体の生殖や発生に関わる形質に変異が生じて、他の個体との間で生殖的に隔離され、交配ができず子孫ができなくなると、そこで種分化が成立し、別種になる場合がある。種は表現型上の概念であり、遺伝子型だけでは規定できない。また種の差異は生殖的隔離に関する質的な差異であり、全般的な変異の多少による量的な差異ではない。
 形態種は仮の種であり、とりあえず形や性質の量的な差異にもとづいて分類される。ゆえに変異の幅の大きい同種を別種とし、変異の幅の小さい(よく似た)別種を同種としてしまう場合があり得る。また属以上の上種分類群(本章1-5)も、生殖的隔離のような質的な基準がないので、形や性質の量的な差異にもとづいて分類される。
 量的な差異にもとづく分類には、表現型のデータと同様に遺伝子型のデータも用いることができる。遺伝子型のデータは表現型のデータよりも数値化しやすく、コンピュータプログラムでの統計的な処理に適しているが、同種と別種の判定のような質的な差異を示すのには適していない。

 1─5  上種分類群と種内の分類群

 共通の祖先をもつと思われるよく似た種の集団を属 (ぞく) (genus, pl. genera)、よく似た属の集団を科 (か) (family)、同じく科の集団を目 (もく) (order)、目の集団を綱 (こう) (class)、綱の集団を門 (phylum, pl. phyla, 植物や菌では division)、門の集団を界 (kingdom) と呼ぶ。地球上の生物はすべてこのような階級(rank)状の分類群 (taxon, pl. taxa) に順に所属し、動物、植物、菌などの界に至る。各界はその界の方向に進化したすべての種を含む。
 属から界までの種を超えた分類群を上種分類群(supraspecific taxa) と呼ぶ(コラム6)。基本的な階級の間に中間的な階級を想定することがあり、たとえば科の上に上科(superfamily)や、目の下に亜目(suborder)や下目(infraorder)などを認めることがある(上科、下目、亜目の順に上位)。
 種内の独自性のある群は亜種(subspecies)としてまとめられ、種名の後に亜種名を書いて記載される(コラム4)。また亜種より下位の群として変種(variety、家畜や実験動物では品種 breed variety)や型(form、家畜や実験動物では系統 strain)を区別することがある。これらは種内での変異の偏りであり、進化(種分化)の準備段階であるが、まだ生殖的隔離には至っていない。ゆえに亜種や変種や型は同じ種内の他の亜種や変種や型と交配が可能で子孫ができ、その場合には亜種や変種や型の特徴は混合する(コラム2)。なお、国際動物命名規約には亜種までしか規定していないので、変種(品種)や型(系統)の名は正式の分類名にはならない(植物命名規約では正式名として残っている)。

コラム4:オオカミとイヌは別種か?

 イヌ Canis familiaris はオオカミ C. lupus の家畜化によって生じたこと、および世界中のイヌはすべて同一種であることは広く認められているが、オオカミとイヌは同属ではあるが別の種名が与えられ、長く別種とされてきた。しかし北極圏の人々は古くから、犬ぞり用のイヌに野性の血(遺伝子)を導入するために雌のイヌと野性の雄オオカミを交配させて子を得ており、その子には生殖能力がある。このことは実験的にも認められるので、現在ではイヌはオオカミと同種の別亜種として、C. lupus familiaris と書かれることが多い。また北アメリカの草原に住むコヨーテ C. latrans も同属の別種とされているが、同じ北アメリカのアカオオカミはオオカミとコヨーテの交雑によって生じた集団であるとされ、2世代以上にわたって繁殖し続けていることから、コヨーテもまたオオカミと同種の別亜種、C. lupus latrans とするべきものである。

コラム5:学名の変更

 基準標本(type specimen、模式標本)にもとづいて正式に記載され命名された学名は勝手に変更できない。しかし多数の形態種の学名の中には、同じ種の標本に別の学名がつけられていたり(同物異名、synonym)、別の種の標本に同じ学名がつけられていたり(異物同名、homonym)することがある。シノニムの場合は、先取権の原則(principle of priority)により、先に命名された学名が正式名となり、後に命名された学名は無効となる。ホモニムの場合は、従来の学名はそのままで、新しく別種とされた種に新しい学名が命名される。

コラム6:ヒトとキイロショウジョウバエの分類体系

 すべての生物種がこのような分類体系の中に位置を占めている。ここには基本的な7つの階級の他に中間的な階級の一部を示す。

     ヒト Homo sapiens          キイロショウジョウバエ Drosophila melanogaster

界    動物界(Kingdom Animalia)      動物界(Kingdom Animalia)
門    脊索動物門(Phylum Chordata)   節足動物門(Phylum Arthropoda)
 亜門   脊椎亜門(Subphylum Vertebrata)  大顎亜門(Subphylum Mandibulata)
 上綱   羊膜上綱(Superclass Amniota)   六脚上綱(Superclass Hexapoda)
綱    哺乳綱(Class Mammalia)       昆虫綱(Class Insecta)
 亜綱   真獣亜綱(Subclass Eutheria)    有翅亜綱(Subclass Pterygota)
目    霊長目(Order Primates)       双翅目(Order Diptera)
科    ヒト科(Family Hominidae)       ショウジョウバエ科(Family Drosophilidae)
属    ヒト属(Genus Homo)          ショウジョウバエ属(Genus Drosophila
種    ヒト(Species sapiens)         キイロショウジョウバエ(Species melanogaster

 コラム6-1:進化の方向性と分類群

 遺伝子の塩基配列に生じる突然変異はランダムで、無方向的であり、ゆえにその発現による表現型の変異も無方向的である。しかし、形や性質などの表現型の特徴は直ちに環境の自然選択(natural selection 自然淘汰)による評価を受けて、その時点の環境によりよく適応した特徴は子孫に伝わることによって種内に残り、適応度の低い特徴は淘汰されて種内には残らない。つまり種内の変異の集積には、自然選択によって一定の方向性が与えられる。同様に種分化の際にも、その時点の環境によりよく適応した新種は生き残るが、適応度の低い新種は元の種との競争に負けて、残ることができない。つまり種分化(進化)にも、自然選択によって一定の方向性が与えられる。このような種分化が積み重なり、やがて共通の特徴をもつ上種分類群が形成されると、そこに至る進化の方向性が認識できる。
 現在の進化生物学では、生物に前もって内在する進化の方向性(たとえば定向進化説のような)は認められないが、種分化の都度の自然選択の積み重ねの結果として上種分類群に至る足跡のような方向性は認められる。そしてその方向の違いが生物の世界の多様性を作り出している。
 進化にもとづく分類体系(系統分類体系)では、生殖的隔離にもとづく個体の集合体である種がたしかな分類群であるが、属以上の上種分類群は種を順に束ねる束ね方を示すもので、分類群としての実体は含まれる種によって異なる。たとえば動物界は、動物という方向に進化したすべての種を束ねた最も大きい束であり、門から属までの上種分類群は、それをさらに順に小分けしたものである。脊索動物門と節足動物門のようにそれぞれ別の進化の方向を示す別の門の間でも、同じ階級はほぼ同じ進化の段階を示すと考えてよいが、同じ階級の分類群でも含まれる種の数によって大きさはいろいろである。

 コラム6-2:種から門へ

 現在の脊索動物門は体の大きい種を最も多く含む門であり、現在の節足動物門は昆虫類を中心に最も多数の種を含む門である。そしてどちらも多くの水生の種と多くの陸生の種を含んでいる。しかし、今から約5億年前の古生代カンブリア紀には、脊索動物門は原索亜門(現在のホヤやナメクジウオに近い種類)が中心であり、脊椎亜門はまだ脊椎骨もできかけで上下の顎もない無顎類(現在のメクラウナギやヤツメウナギに近い種類)が出現したばかりで、大きさも数cm程度、もちろんすべて水生の種類であった。また節足動物は、体節はあるが「節足」すなわち関節のある付属肢をもたない、現在のカギムシ類(有爪類)に近いと思われる初期的な種類が多く、関節のある付属肢をもつ節足動物としては甲殻類と三葉虫類と鋏角類の初期の種類が中心であった。これらの動物はすべて水生で、大きさは10cm前後のものが多かったが、中にはアノマロカリスのように50cmを超えるものもあって当時の巨大肉食動物であった。
 その後、時代が進むとともに新しい種が出現し、やがて陸上に進出するものが出て、脊索動物門でも節足動物門でも門の大きさや特徴が変化していった。上種分類群の大きさは含まれる種の数によって変わり、その特徴は含まれる種の進化にともなって変わる。

ーー次回に続くーー

Contributed by Toshiki Makioka, Received August 18, 2006. Revised version received November 29, 2006.

©2006 筑波大学生物学類