タチヤナギに寄生するMelampsora属菌の分類学的検討

【背景と目的】
　タチヤナギ上に寄生するMelampsora属菌は、現在3種報告されている。1902年DietelによってM. microsoraが記載されて以後、この1種のみがタチヤナギ上に寄生するとされてきたが、1982年Hiratsuka and Kanekoにより、M. salicis-warburgiiもタチヤナギ上に寄生することが確認された。また、1993年、近藤らによってタチヤナギ上に同種寄生するMelampsora属菌(Melampsora sp.)の存在が新たに確認された。この種は、形態学的情報に基づき近縁種の元記載と比較されたが、分類学的位置づけを決定できなかった。
近年、さび病菌の分類において、形態学的特徴に加え、分子系統学的情報も利用されるようになってきた。本研究では、Melampsora sp.、 M. microsora 、M. salicis-warburgii のrDNA ITS領域の塩基配列の比較ならびにM. microsoraアイソタイプを含むこれら3種の標本の形態観察結果に基づき、Melampsora sp.の分類学的位置づけを検討することを目的とした。

【材料と方法】
　筑波大学所蔵の、鳥取県、長野県、茨城県、北海道で採集されたMelampsora sp.の乾燥標本９点（近藤らによる接種試験によって同種寄生することが確認された標本を含む）、2006年に茨城県の小貝川(下妻市、常総市)および菅生沼(坂東市)で採集したMelampsora sp.標本3点、北海道大学総合博物館所蔵のM. microsoraのアイソタイプを含む標本3点、M. salicis-warburgiiと同定された標本1点を用いた。 　これらの標本の夏胞子、冬胞子またはさび胞子からDNAを抽出し、プライマーITS1/ITS4を用いてPCR法で5.8S rDNAを含むITS領域を増幅した。この塩基配列を決定し、NBCL、GenBankに登録されているMelampsora属菌近縁種の情報を加え、近隣結合法により系統樹を作成した。
　M. microsoraのアイソタイプを含む3標本の夏胞子と冬胞子、M. salicis-warburgiiと同定された標本の夏胞子について、光学顕微鏡を用いて形態観測を行った。また、走査型電子顕微鏡を用いてこれらの夏胞子の表面構造を観察し、棘状突起の密度を計測した。

【結果と考察】
　ITS塩基配列を決定できたのは、全供試試料中、鳥取県、茨城県、北海道で採集されたMelampsora sp.の6点のみだった。ITS領域解析の結果、これらの標本は遺伝的に高い相同性を示し、また、ヤナギに寄生するMelampsora属近縁種とは区別された。M. microsora 、M. salicis-warburgii からITS領域を増殖させることができず、分子系統学的解析を行うことができなかった。
　形態観察の結果、Melampsora sp.の夏胞子、冬胞子共にM. microsoraよりやや大きく、M. salicis-warburgiiの夏胞子の大きさとほぼ同じだった。3種すべての夏胞子は円錐型の棘状突起で覆われ、頭頂部に平滑部が存在した。Melampsora sp.、M. salicis-warburgii の夏胞子頭頂部に平滑部が存在することは記載されていたが、M. microsoraの夏胞子頭頂部に存在することは、本研究で初めて明らかになった。しかし、M. microsoraの平滑部の面積は、Melampsora sp.とM. salicis-warburgiiに比べ小さかった。さらに、3種の夏胞子上の棘状突起の密度を測定した結果、M. microsoraの棘状突起の密度は、Melampsora sp.とM. salicis-warburgiiに比べ高かった。
　以上の結果よりMelampsora sp.は、1982年にHiratsuka and Kanekoにより M.　salicis-warburgiiと同定された標本上の菌と形態的に同一と考えられた。M. salicis-warburgii は、1931年Sawadaによって台湾でタイワンヤナギに寄生するMelampsora属菌として記載された種である。今後、タイワンヤナギ上のM. salicis-warburgiiの標本を入手し、形態学的および分子系統学的検討することによって、本菌の分類学的位置づけを検討する必要がある。