つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310724

沖縄島におけるホルストアマビコヤスデの地理的変異

青木 さやか (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:八畑 謙介 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 ホルストアマビコヤスデ Riukiaria holstii (Pocock, 1895) は、倍脚綱オビヤスデ目ババヤスデ科に属する比較的大型のヤスデで、本邦では沖縄島を中心に南西諸島の一部に分布が知られている。沖縄島の 6 か所における予備的な先行調査により、本種には虫体背面(背板)の正中領域と外縁領域のそれぞれの色彩と虫体サイズに地理的変異のあることが明らかにされており、また、その地理的変異が地理的分布にそって連続的である可能性が示唆されているが、雄の交尾器である生殖肢には地理的変異は見つかっていない。
 フサヤスデ目を除く他の全てのヤスデ類では、生殖肢の形態的特徴が属や種を分ける際の最も重要な分類形質となる。そのためか、しばしばヤスデ類では生殖肢の形態変化が種分化の要因と考えられるが、生殖肢形態の多様化が種分化の原因か結果によるものかは未だ明らかではない。沖縄島におけるホルストアマビコヤスデの地理的変異は、生殖肢の変異をともなうことなく虫体の色彩やサイズの明瞭な多様化を生じている点で興味深く、さらに実際にこれらの変異に地理的な連続性があるならば、個体群間の地理的多様化の進化的歴史が地理的分布にそって保存されている可能性があり、ヤスデ類の種分化について議論するうえでも興味深い数少ない例かもしれない。
 そこで本研究では、まず、沖縄島のホルストアマビコヤスデの地理的変異とその分布の詳細を明らかにすることを目的として、虫体の色彩とサイズについて詳細な調査と解析を行なった。

<材料・方法>
 2006 年 7 月 11 から 18 日にかけて沖縄島全域に渡る野外調査を行ない、8 から 15 km 間隔の合計 15 か所(北から順に L1 〜 L15)においてホルストアマビコヤスデの採集を行なった。各産地 9 から 20 個体、合計 283 個体を試料として、背板の正中領域と外縁領域の色彩と虫体サイズを測定した。
 背板色彩の記録のため、色彩評価のための国際基準光源のひとつである D65 光源と、撮影条件を一定に設定したデジタルカメラを用い、生体試料の撮影を行なった。色彩の測定は、画像処理ソフトウェアを用いて隣接する 49 ピクセルを平均化した色彩を抽出し、色相・彩度・明度の 3 要素で色彩を表す HSV 表色系により抽出色彩を数値化することで行なった。個体ごとに背板の正中領域と外縁領域についてそれぞれ 5 か所の色彩を測定し、その平均値を各個体の背板の正中領域と外縁領域の色彩値として個体群間での比較を行なった。
 虫体サイズの測定は、アルコール固定標本を試料として、頸板長、同幅、第 10 胴節臭腺間幅、同節後体節長、同節前体節幅、同節体高、第 19 胴節側庇後突起内幅、左右肛板幅の合計 8 部位について、実体顕微鏡とミクロメーターまたは電子ノギスを用いて行なった。同じ個体群の雌雄間で予備比較を行なったところ優位な差が認められたので、個体群間での比較は雌雄別に行なった。雌雄それぞれ 8 形質、のべ 16 形質について、15 個体群間での総当たり比較を行ない、優位差の有無にもとづき個体群間の相違度を算出した。比較には F- 検定(p<0.05)および t- 検定(p<0.05)を用いた。

<結果・考察>
 虫体背面色彩のHSV 表色値を個体群間で比較した結果、背板の正中領域と外縁領域の両方において、15 個体群は色相により青緑色系と褐色系の大きく 2 群に分かれ、それぞれが L1 から L10 までの北部個体群と L11 から L15 までの南部個体群に対応することが明らかになった。また、彩度には南部の個体群が北部の個体群に比べて若干高い値を示す傾向が認められた。しかし、明度には個体群間に明確な差は認められなかった。
 虫体サイズにもとづいて算出した個体群間の相違度を地理的分布に照らして評価した結果、L3、L5、L6、L13 の 4 個体群は近接する他の個体群との相違度が明らかに高いことから独自の地理的変異を持つ個体群であることが示唆されるとともに、これら 4 個体群を除く他の個体群は L1 から L10 までの北部個体群と L11 から L15 までの南部個体群の大きく 2 群に分かれることが明確に示された。また、これらの北部個体群は広い地理的範囲で相違度が低く、全体によく似通っているのに対し、南部個体群は地理的距離に応じて相違度が高くなる傾向のあることが明らかになった。
 以上の背面色彩と虫体サイズの両方の結果から、沖縄島のホルストアマビコヤスデは、L10 と L11 の間を境界として、北部型と南部型の大きく2つの群に分けられることが新たに明らかになった。本研究で行なった解析方法では、先行調査で示唆されていた変異の地理的連続性は認められなかったが、それを否定する結果も得られなかった。今後は多変量解析など他の方法を用いた比較解析を行ない、さらに詳細に虫体の色彩とサイズの地理的変異と分布の関係を明らかにするとともに、分子系統学的手法を用いて個体群間の系統関係を明らかにし、沖縄島におけるホルストアマビコヤスデの地理的変異成立の進化的歴史を明らかにする予定である。また、本研究で独自の変異を持つと推定された 4 個体群と、北部型と南部型の境界部については、さらに詳細な野外調査と比較解析を行ない、地理的変異のギャップ成立の原因と歴史を明らかにする予定である。



図1:産地の異なる2個体のホルストアマビコヤスデ     図2:地図上の採集地点  
©2007 筑波大学生物学類