つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310725

酵母におけるmRNA局在と局所的翻訳の制御機構

浅井 康友 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:入江 賢児 (筑波大学 人間総合科学研究科)

    <背景および目的
 タンパク質の不均等な分配を導く方法として、mRNAの細胞内局在と局所的な翻訳の機構ある。これらの 機構は分化や発生における細胞の非対称分裂、卵形成、細胞運動、シナプス形成など様々な生命現象に関わっている。 出芽酵母の非対称分裂は、mRNAの局在化およびその局所的翻訳の有用なモデル系である。出芽酵母は非対称分裂によって、 母細胞と娘細胞という2つの細胞を生じ、母細胞はHO遺伝子を発現するが娘細胞は発現しない。 このHO遺伝子発現の違いは、mRNA局在を介したリプレッサータンパク質Ash1の娘細胞特異的局在により決定される。 ASH1 mRNAはRNA結合タンパク質She2と結合し、アダプタータンパク質であるShe3を介してShe1/Myo4ミオシンモーターに結合し、 このASH1 mRNA-She2-She3-Myo4複合体はアクチンケーブルに沿って母細胞から娘細胞の先端へと輸送される。 ASH1 mRNA はそこで翻訳され、Ash1タンパク質は娘細胞特異的に局在し、娘細胞でのHO遺伝子発現を抑制する。 SHE遺伝子の変異株では、ASH1 mRNAの局在が異常になり、Ash1タンパク質が母娘両細胞に局在する結果、 HO遺伝子が母娘両細胞で発現しない。また、ASH1 mRNA が娘細胞の先端で局所的に翻訳されるためには、 輸送中のASH1 mRNAの翻訳が抑制されていなければならないが、RNA結合タンパク質Khd1がこの翻訳抑制に関与する。
 私たちの研究室では、ASH1 mRNAの局在化および局所的翻訳に関与する因子を同定する目的で、 she変異株と同様にHO遺伝子が母細胞、娘細胞両方で発現しない変異株が同定されていた。本研究では、それらの変異株を解析し、 そのうちの一つの変異株a397株がPAB1遺伝子に変異をもつことを見出した。Pab1は、mRNAの3’-poly(A) tailに結合するpoly(A)結合タンパク質で、 5’-cap構造と3’-poly(A) tailとの相互作用を仲介し、mRNAの安定性と翻訳開始の制御に関わっている。 Pab1がASH1 mRNAの局在化と局所的翻訳の制御に、どのように関わっているかを調べた。

    <方法
 HO遺伝子発現の解析には、HOプロモーターにADE2遺伝子を連結したHOp-ADE2レポーター遺伝子を用いた。 pab1変異遺伝子の変異点決定では、pab1温度感受性変異株(pab1-ts変異株)の染色体DNAを抽出し、 PCR反応によってpab1変異遺伝子をクローニングした後、その配列を決定した。 ASH1 mRNAはRhodamineで標識したアンチセンスプローブで可視化した。Ash1タンパク質の可視化には、 ASH1遺伝子のC末にmycタグを連結したASH1 myc株を用い、1次抗体として抗myc抗体を、 2次抗体としてRhodamineで標識したマウス2次抗体を用いて可視化した。Pab1とKhd1の相互作用を解析には、 染色体上のPAB1遺伝子にmycタグを、KHD1遺伝子にTAPタグを挿入した株を用い、 その細胞抽出液からIgGビーズを用いてKhd1-TAPを免疫沈降し、Myc-Pab1およびKhd1-TAPを抗myc抗体9E10、抗TAP抗体で検出した。

    <結果および考察
 野生株は25℃、30℃、35℃いずれの温度でもHO遺伝子を発現していた。 しかし、pab1-ts変異株は25℃、30℃ではHO遺伝子を発現していたが、 35℃ではHO遺伝子の発現が著しく低下していた。PAB1は増殖に必須の遺伝子でpab1遺伝子破壊株は致死であるが、 pab1-ts株は35℃でも野生型株と変わらず増殖した。pab1-ts変異株におけるHO遺伝子の発現低下が、 ASH1mRNAまたはAsh1タンパク質の局在の異常によって引き起こされているならば、 ASH1遺伝子を欠損させることでHO遺伝子の発現が回復するはずである。実際、 ASH1mRNA局在が異常になるshe変異株のHO遺伝子の発現の低下は、ASH1遺伝子の欠損より回復する。 pab1-ts変異株のASH1遺伝子を欠損させたpab1-ts ash1剴重変異株では、35℃でもHO遺伝子を発現した。 以上の結果からpab1-ts変異株におけるHO遺伝子発現の低下にASH1遺伝子が関与していることが分かった。 pab1-ts変異遺伝子をクローニングしその変異点を決定したところ、Pab1タンパク質(577アミノ酸)の82番目のAlaがThrに、 308番目のTyrがHisに、496番目のAspがGlyに置換していた。
 次に、pab1-ts変異株におけるASH1mRNAおよびAsh1タンパク質の局在を検討した。 野生株ではほとんどの細胞(83%)でASH1mRNAは娘細胞の先端に局在していたが、pab1-ts変異株では、 ASH1 mRNAが娘細胞全体に拡散したもの(60%)、母細胞にもASH1 mRNAが見られるもの(32%)など、局在が異常になっている細胞が多く見られた。 Ash1タンパク質についても同様で、野生株ではほとんどの細胞(80%)でAsh1タンパク質が娘細胞特異的に局在していたが、 pab1-ts変異株では約半数の細胞(48%)でAsh1タンパク質が母細胞、娘細胞両方に局在していた。 以上の結果からpab1-ts変異株ではASH1mRNAの局在が異常になり、その結果Ash1タンパク質が母細胞、娘細胞両方で発現し、 HO遺伝子の発現が低下していることが分かった。
 Pab1とRNA結合タンパク質Khd1が相互作用するという報告があるので、 Pab1はKhd1との結合を介してASH1mRNAの細胞内局在と翻訳制御に関与しているのかもしれない。現在、 正常なPab1タンパク質と変異Pab1-tsタンパク質との間でKhd1との結合能に差があるかどうかを解析中である。


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