つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310726

TGF-βシグナル分子変異マウスにおける心血管形成異常の解析

足立 朝美 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:加藤 光保 (筑波大学 人間総合科学研究科)

〈背景と目的〉
 トランスフォーミング増殖因子(transforming growth factor-β; TGF-β)のシグナル伝達系は線虫から哺乳類まで広く保存されている。TGF-βシグナルは多くの細胞の増殖、遊走、接着、分化の調節において、発生初期から成熟個体にいたるまで重要な役割を担っており、生体の恒常性維持や創傷治癒にも欠かせないシグナル系である。TGF-βおよびTGF-βシグナルに関与する細胞内情報伝達因子(TGF-β受容体やSmad)を欠くノックアウトマウスの多くは血管の形成が正常に起こらず胎仔期に死亡する。このことから、血管新生においてTGF-βシグナルが重要であることが明らかになっている。
 多くの細胞でTGF-βシグナルはTGF-βI型受容体ALK5を介して伝達される。しかし血管内皮細胞ではI型受容体ALK1も発現しており、TGF-βはこれら2つの異なるI型受容体に結合し、シグナルを伝達する。ALK1経路は、血管内皮細胞の遊走および管腔形成に必要なId1の発現を誘導し、これにより血管新生を活性化する。一方、ALK5経路は、血管内皮細胞においてプラスミノゲンアクチベーターインヒビター(PAI)1やフィブロネクチン等の発現を導き血管新生に抑制的に働くと考えられている。ALK1は細胞内情報伝達分子であるSmad1とSmad5をリン酸化し、ALK5はSmad2とSmad3のリン酸化することにより、細胞内にシグナルを伝える。また、ALK1シグナル伝達には、キナーゼ活性をもつALK5がALK1とヘテロ複合体を形成することが不可欠で、ALK5を欠損させるとALK1を介するシグナルも消失する。
 本研究では個体発生の過程における血管新生でALK5経路が果たす役割を検討することを目的として、ALK5ノックアウトマウスとSmad2、Smad3の結合部位に変異(ALK5 D266A)をもつALK5ノックインマウスの胎仔を解析した。さらに、ALK5経路の下流の因子であるSmad2、Smad3の血管内皮細胞特異的ダブルノックアウトマウスを作製し、ノックインマウスと表現型を比較することを目的とした。

〈方法〉
 ALK5のヘテロノックアウトマウスまたはヘテロノックインマウス同士を交配し、ホモ変異体が見られるE8.5〜E10.5に、胎仔の実体顕微鏡観察、免疫染色、in situ hybridizationによる解析を行った。免疫染色には抗PECAM抗体を1次抗体として用いた。in situ hybridizationでは、ALK1と心臓発生のマーカーであるANF、GATA4のジゴキシゲニン化プローブを用いた。ALK1プローブによる染色についてはホールマウントでの解析に加え、胎仔の凍結切片を作製し、組織レベルでの解析も行った。
 さらに、Smad3のノックアウトマウスは生存するが、Smad2ノックアウトマウスは胎生致死であるため、Smad2Flox/Floxマウス、Smad3+/-マウス、Tie2-Creマウスの交配により、血管内皮細胞特異的なSmad2とSmad3のダブルノックアウトマウスを作製した。

〈結果と考察〉
 Smad1/5とSmad2/3の活性化シグナルの両方が失われるALK5ノックアウトマウスと、Smad1/5シグナルは残存しSmad2/3シグナルは失われるノックインマウスの両者で、E10.5にはホモ変異体の発生に明らかな遅れが見られ、E10.5〜E11.5に死亡した。また、卵黄嚢における血管網のリモデリングの障害や心嚢の拡張などの共通した異常が確認された。このことは、Smad1/5は血管新生活性化、Smad2/3は血管新生抑制というこれまでの概念(図)では説明できず、Smad2/3シグナルの血管新生に必要であることを示唆している。現在、心臓発生過程での遺伝子発現にノックアウトとノックインマウスで差異があるかについて検討している。
 血管内皮細胞特異的ダブルノックアウトマウス(Smad2Flox/Flox Smad3-/- Tie2-Cre)を得るために、Smad2Flox/Floxマウス、Smad3+/-マウス、Tie2-Creマウスを交配し、Smad2Flox/Flox Smad3-/-マウス(♀)とSmad2Flox/+ Smad3+/- Tie2-Creマウス(♂)を作製した。これらを交配させて新生仔を解析したが、現時点では血管内皮細胞特異的ダブルノックアウトマウスは含まれておらず、胎生致死である可能性が示唆された。現在、E9.5〜E10.5の解析を行い、ダブルホモノックアウトマウスの表現型を検討している。このマウスの解析により、血管新生におけるSmad2/3シグナルの役割について、さらなる確証が得られるものと期待される。


(図)


©2007 筑波大学生物学類