つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310729

枯草菌非翻訳型RNA,BS101RNAの遺伝子発現制御機構の解析

五十嵐 悠(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中村 幸治 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 遺伝子発現において、タンパク質へと翻訳されることなくRNA分子として機能する非翻訳型RNA(ncRNA;non-codingRNA)が発見され、注目を集めている。タンパク質へと翻訳される段階を経ずに機能できるncRNAは、ストレスや環境の変化など、迅速な対応が必要な状況下での遺伝子発現制御においては優位であると考えられ、実際、ncRNAが他の遺伝子の発現を転写・翻訳レベルで制御していることが報告されている。mRNA、tRNAもncRNAの一種であるが、この他にも多くのものが見つかっており、それらがこれまでゲノム内の“ジャンク”と呼ばれていたタンパク質をコードしていない遺伝子間領域から多数転写されていることからも、多くの可能性を秘めた領域であると考えられている。遺伝子発現において未だ解明されていない機構についても、このncRNAが関与している可能性も高い。
 当研究室では、枯草菌(Bacillus subtilis)を用いた研究を行っており、そのゲノム内の遺伝子間領域において、8種類のncRNAを発見している。そのうちの1つ、BS101RNAについては、これまでに二次元電気泳動(2-D)解析により、MtnA(YkrS)タンパク質の発現を制御している可能性があることがわかっている。本研究では、このBS101RNAの関与する遺伝子発現制御機構を解析することを目的とした。

<結果・考察>
 枯草菌BS168(WT)株とBS101RNA欠損(Δ101)株それぞれの対数増殖期中期(OD500=0.4)の細胞内タンパク質における2-Dゲルの比較を行った結果、Δ101株におけるMtnA(YkrS)タンパク質の消失の再現性を確認することができ、BS101RNAがその発現に影響している可能性が高いと考えられた。
 そこで、BS101RNAがmtnA (ykrS)発現のどの段階で作用しているのかを明らかにするために、まず転写レベルでの影響を調べた。mtnA (ykrS)プローブ、及びmtnAの上流に位置し、オペロンを形成するmtnK(ykrT)プローブを用いてノーザン解析を行った結果、WT株、Δ101株ともに、mtnAプローブでは2本(2.5knt, 1.5knt)、mtnKプローブでは3本(2.5knt, 1.2knt, 0.8knt)のバンドが検出された。このことから、WT株、Δ101株どちらにおいてもmtnK及びmtnAが転写されており、また、それぞれが単独で転写されている可能性が示唆された。mtnAは、Δ101株においても発現していたことから、BS101RNAは転写後レベルでの発現制御を行っていると考えられ、mtnAとBS101RNAの遺伝子配列比較を行うと、mtnA mRNAの3’側とBS101RNAが塩基対合する可能性が示唆された。このことから、BS101RNAは、mtnAの転写後、そのmRNAの3’側配列に塩基対合することにより、mtnA mRNAを安定化している可能性が考えられる。mtnA及びmtnKは、どちらもメチオニン再生経路(methionine salvage pathway)で機能する酵素をコードしており、必須アミノ酸の一種であるメチオニンの生体内代謝において必須な遺伝子である。このオペロン上流にはS-boxと呼ばれるリボスイッチが存在する。リボスイッチは、アミノ酸の代謝産物などによりmRNAの5’上流非翻訳領域(5’UTR)に存在するシス配列の2次構造を変化させることで遺伝子発現を制御する機構である。その一種であるS-boxは、メチオニンの代謝産物であるSAM(S-Adenosyl Methionine)存在下でターミネーター型と呼ばれる2次構造を形成することで、転写終結を引き起こすリボスイッチである。メチオニン量の増加により、その代謝産物であるSAMが増加し、mtnKA (ykrTS)オペロンを含むS-boxに制御される遺伝子の転写終結が起こり、結果としてメチオニン再生経路が停止すると考えられる。このとき、BS101RNAがメチオニン再生経路の完全な停止を防ぐ役割を果たしていると推測した。生体内のメチオニン量が増加すると、その後のSAMの増加によるS-box遺伝子の転写抑制に備え、BS101RNAが発現し、細胞内に既存のmtnA mRNAの3’側と塩基対合することで安定化し、細胞内のMtnA及びMtnKタンパク質量を一定量保持することで、メチオニン代謝系に関与している可能性が考えられた。
 一方、今回の2-D解析では、新たにΔ101株において約26 kDに位置するスポットの増大が確認され、MALDI-ToF MS解析により、このスポットはAhpCタンパク質であると同定した。AhpCは、ストレス応答性のタンパク質であり、その遺伝子のプロモーター領域上流にper boxと呼ばれる配列を持つ。ストレス応答性のタンパク質の発現制御は、σBなどのストレス特異的なσ因子によるプロモーター制御、あるいは5’UTRのプロモーター領域付近へのσ以外の因子の結合による制御のどちらかで行われているとされており、その因子の一つとしてPerRが存在する。非ストレス下では、PerRがper boxに結合することで、ahpCなどの遺伝子発現を抑制しているが、ストレスにより、その抑制が外れ、ストレス応答性遺伝子が発現すると考えられているが、ahpCを含むストレス応答性遺伝子とperRとの関係性は未だ不明瞭である。  

<今後の展望>
 今後、WTとΔ101の2-D解析で変化がみられたMtnA及びAhpCと、BS101RNAの関係性に関して、更なる解析を行っていく予定である。また、今回確認されたAhpCタンパク質の増加は、細胞内のBS101RNA欠失により、MtnAタンパク質が発現せずメチオニン再生経路が停止した結果、細胞内にメチオニン代謝産物が増加し、それがストレスとなった可能性が考えられる。そのため、今後mtnAahpCとの関連性についても調べていきたいと考えている。 

 
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