つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310731

フナムシ心臓に対する促進性神経刺激とアセチルコリンの効果

 石塚 弘樹 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 山岸 宏 (筑波大学 生命環境科学研究科)

導入
  心臓内にある心臓神経節が拍動のペースメーカーとなる甲殻類の神経原性心臓は、一般に中枢神経系から2種の促進性と1種の抑制性の神経調節を受けている。十脚類や口脚類の心臓において、促進性心臓調節神経の伝達物質としてはドーパミンが有力であることが報告されている。一方、等脚類のオオグソクムシにおいてはアセチルコリンが有力であることが示唆されているが、その根拠は必ずしも強固ではない。同じ等脚類のフナムシにおいて、2種の促進性心臓調節ニューロンが同定され、それらの心臓支配様式も明らかにされており、さらに2種の神経の心臓拍動に対する促進効果も異なることが報告されている。またドーパミンの心臓に対する効果が、促進性神経刺激の効果と異なることも報告されている。そこでフナムシにおける心臓促進神経の伝達物質を明らかにすることを目的として、心臓拍動に対するアセチルコリンと促進性神経刺激の効果を比較・検討した。


材料・方法
  実験材料として、千葉県勝浦市で採集したフナムシの成体(体長20〜40mm)を使用した。実験には、腹甲と心臓以外の内臓および頭部を除去して、背甲に付着した状態の半摘出心臓標本を用いた。腹側を上にしてチェンバーに固定し、心臓末端を吸引電極で吸引することによって細胞外電位(心電図)を記録した。標本は常に生理的塩類溶液で灌流し、適宜、様々な濃度のアセチルコリンを含んだ生理的塩類溶液を30秒間灌流することでその効果を調べた。試薬は低濃度から高濃度へ順次投与した。
  また2種の促進神経の中枢経路が異なることから、中枢神経と心臓促進神経を残した標本を用いて、促進神経の効果を調べた。切断した神経の中枢側末端を吸引電極で吸引し電気刺激しながら、心電図の頻度を記録した。信号は増幅器を介してオシロスコープで観察し、同時にペンレコーダーで記録した。


結果と考察
  中枢神経経路は異なるが、途中から合流して心臓に入る2種の促進神経を、中枢から出る異なった神経を刺激することによって、それらの心臓拍動に対する効果が異なることを確認し、実験系の確立を行った。さらにアセチルコリンの心臓拍動に対する効果を調べた結果、アセチルコリンは心臓拍動に対して濃度依存的な正の変時性作用を示すことが明らかになった。これらの結果は、アセチルコリンがフナムシの促進性心臓調節神経の神経伝達物質の候補となり得ることを示していると考えられる。さらに各種の阻害剤を用いて、促進神経刺激の効果とアセチルコリンの効果が、同じ阻害剤で阻害されるかどうかなどを調べることが必要とされる。
  十脚類では2種の促進性心臓調節神経の心臓拍動に対する効果に差異は見出されておらず、いずれの神経も伝達物質としてドーパミンが有力であると報告されている。しかしフナムシにおいては、2種の促進神経の心臓拍動に対する効果に違いのあることが明らかにされている。この効果の違いが何に起因するものかを解析していく上でも、2種の促進性神経の伝達物質が同一かどうかを明らかにすることは重要であると考えている。


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