つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310733

培養筋細胞への伸縮刺激がp38 MAPK活性化に及ぼす影響

井上 猛 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:中野 賢太郎 (筑波大学 生命環境科学研究科)

〈研究背景〉
 p38 Mitegen-Activated Protein Kinase (MAPK) は細胞ストレス応答、増殖、分化、において重要な働きを担っているKinaseである。骨格筋においては収縮や運動によって活性化されるという多くの報告がある。しかし運動によって引き起こされたp38 MAPKの活性化が何をターゲットにしているか、その下流への働きは明らかになっていない。
これまでに本研究室でp38 MAPKの阻害剤をマウスに与えたところ、筋肉の遅筋化やミトコンドリア系の酵素に関わる補転写因子PGC-1αの発現抑制をもたらしたという知見が得られているが、p38 MAPKの活性化が実際にどのような経路を介してPGC-1αなどの転写に関わる因子に影響を与えるのかはわかっていない。 また自然免疫応答ではp38 MAPKが活性化されて核に移行するという報告があるが、骨格筋での収縮時のp38 MAPK核移行については現在報告がない。筋収縮は、伸縮による機械的刺激、ATP枯渇、カルシウムの濃度変化などを含んだ複合的な事象であるが、本研究室において培養筋細胞に対してATP及びカルシウム濃度を変化させてもp38 MAPKの活性化はみられないとの知見が得られている。
そこで、本研究ではマウス由来筋芽細胞株C2C12を用い、律動的伸縮刺激によってp38 MAPKが実際に活性化されるか、またその局在がどのように変化するかを確かめることを目的とする。

〈材料・方法〉
筋芽細胞をマトリゲルを塗布したシリコンベルト上に増殖培地(10%ウシ胎児血清を含むDMEM)にて培養し、70~80%コンフルエントに達した時点で分化培地(2%ウマ血清を含むDMEM)に変え筋管への分化誘導を行う。7〜8日の培養により大半の細胞が筋管への分化が完了したものを材料とし、以下の実験分析に用いた。

1)律動的伸縮刺激によるp38 MAPK活性化の継時変化 それぞれのサンプルに本研究室で開発された培養細胞伸展刺激装置(Fig.1: 特許第3163533号)により0, 10, 30, 60, 90, 120分の10%, 60cpmの伸縮刺激を与えた後、速やかに細胞を回収し、ウェスタンブロット法によってp38 MAPK活性化の解析を行う。
2)律動的伸縮刺激によるp38 MAPK局在への影響  伸縮刺激を与えた後4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定し、免疫蛍光染色法によってp38 MAPK局在の変化を調べる。  

〈結果・考察〉
1) サンプルの回収を終えて現在解析を進めている。
2) シリコンベルト上で培養し伸縮刺激を与えていないcontrol群では筋管全体に弱い蛍光が観察された。それに対し、伸縮刺激を与えた群ではそれに加えて核の部分により強い蛍光が観察された(Fig.2)。
 この結果から、C2C12への律動的伸縮刺激によりp38 MAPKが活性化され、核へと局在を変化させることが考えられる。
今後は継時的な局在の変化を調べ、その結果を元に活性化されたp38 MAPKに直接どのようなタンパクが関与しているかを共免疫沈降などの手法により探っていく予定である。

 
Fig.1 培養細胞伸展刺激装置(のびたくん)の概観


Fig.2 controlのC2C12と60分伸縮刺激を与えたC2C12のphospho-p38 MAPK蛍光画像
©2007 筑波大学生物学類