つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310734

雌に翅2型を生じるモンキチョウの求愛行動と繁殖生理

入江 萩子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:渡辺 守 (筑波大学 生命環境科学研究科)

はじめに
 鱗翅目昆虫の雌は、もっているすべての卵を受精させられるだけの精子を一度の交尾で受け取るにもかかわらず、複数回の交尾を行なう種が多い。雌がこのような多回交尾を行なう意義は、雌が単婚的な種と複婚的な種の繁殖戦略の比較から研究されてきたが、種間で生活史や内部生殖器の構造が大きく異なることなどが結果の解釈を難しくしていた。  モンキチョウの雌には、遺伝的に白翅型と黄翅型の2型が生じ、前者は複婚的、後者は単婚的である。雌は羽化後すぐに交尾を受け入れるが、一度交尾を経験した雌は、雄が近づくと逃げたり、翅を拡げ腹部を上げる交尾拒否姿勢を示したりして、容易には再交尾を受け入れようとしない。一方、既交尾雌に対する雄の求愛行動は激しく、一頭の雌に数頭の雄が群がる求愛集団を作ることさえある。したがって、本種では、雄の求愛行動が既交尾の白翅型雌の再交尾受容性に影響を与えている可能性が高いと考えられてきた。本研究では、野外の雄に既交尾雌を呈示し、求愛行動を観察した。

方法
 長野県白馬村のスキー場ゲレンデの草地や姫川沿いの土手において、2006年夏、雄が探雌飛翔を行なう時間帯(08:00-15:00)に、糸でつないだ生きた白翅型雌を草にとまらせた。これらの雌は、前日に野外で捕獲した既交尾個体で、翅を速乾性ボンドで閉じて、交尾拒否姿勢を示せないようにしている。呈示した雌を中心として半径約1mの半球を想定し、2mほど離れて、その中に侵入した雄の行動を観察した。雄の行動は以下の4つに分類した。すなわち、雌を発見して接近する行動(飛来)と、雌の周囲で翅をはばたかせて飛翔する行動(ホヴァリング)、雌の体や翅に舞い降りる行動(接触)、雌と連結する行動(交尾)である。ホヴァリングと接触の継続時間はストップウォッチで測定した。呈示した雌は、翅や体の状態を一定に保つため、雄に5回接触されたか、呈示後1時間経過したら回収し、別の既交尾雌を呈示して観察を続けた。呈示実験に使用した雌は合計156頭である。

結果と考察
 調査時間帯の間、草地全体で、雄は飛翔と休息、吸蜜を断続的に繰り返し、休息中や吸蜜中の雌を発見すると例外なく求愛行動を示していた。本実験のために、呈示する雌を草につなぐと、雄は一時的にその周りを避けたが、数分もすると、呈示した雌の近くを通過するようになった。仮想半球に侵入した雄のうち、約半数は呈示雌に気づき飛翔経路を変更して飛来した。この割合は調査中ほとんど変わらず、草にとまっている雌を雄が発見する確率は、時刻によらずほぼ一定であったといえる。ふつう、雌は、雄の接近や飛来を認めると雄から逃げようと舞い上がったり、隣の草に移動したりするが、気づくのが遅れた場合は、その場で交尾拒否姿勢を示す。本実験の呈示雌は、糸でつながれ、翅も開けられないため、雄の接近に対して、逃げたり、交尾拒否姿勢を示すことはできなかった。その結果、呈示雌に飛来した雄は、雌の交尾拒否信号を受け取らないので、求愛行動の次の段階であるホヴァリングへと進んでいる。しかし、朝に飛来した雄のほとんどは、ホヴァリングを短時間行なっただけで、接触まで至らずに雌から去ってしまった。朝の雄は、探雌飛翔中であるにもかかわらず、呈示した既交尾雌に興味をもたなかったようである。一方、時刻が進むにつれて、呈示した既交尾雌に対する雄のホヴァリングの継続時間は長くなり、呈示雌に接触する雄の数も増加していった。本種の雌は早朝に羽化を開始し、翅の展開直後に雄に発見され、交尾を受け入れてしまう。その結果、朝の草地には未交尾雌が多いが、日中に活動している雌のほとんどは既交尾雌となっている。すなわち、雄は早朝、未交尾雌を優先的に探索し、未交尾雌の減少に伴って、既交尾雌に求愛対象を変化させていると考えられた。

 
図1 雄の求愛行動の段階


図2 ホヴァリングした雄のうち接触した雄の割合。午前0時を0、午後12時を1とし時刻を数値に変換している。


図3 ホヴァリングの継続時間の時刻変化(±SE)。図中の数字はサンプル数を示す。
©2007 筑波大学生物学類