つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310735

里山景観を利用するノシメトンボの摂食量が卵生産に及ぼす影響

岩ア 洋樹 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:渡辺 守 (筑波大学 生命環境科学研究科)

はじめに
 ノシメトンボは、日本全国に広く分布するアカネ属の1種であり、樹林−水田複合生態系である里山景観を利用する生活史をもっている。彼らは水田で幼虫時代を過ごし、羽化後は周辺の樹林へ移動して摂食活動に専念し、産卵のときだけ水田を訪れている。しかし、これまで林内における雌の摂食活動に着目した研究は行なわれておらず、卵生産に必要な摂食量や、その期間は明らかになっていない。そこで、摂食量と卵生産の関係を明らかにするため、雌の日当たり摂食量を排出糞量から推定するとともに、給餌量を変えて室内飼育した雌の蔵卵数の変化を調べた。

方法
 1日の活動を終える夕方(15:30〜16:30)と、開始する直前の早朝(7:30〜8:30)、長野県白馬村の雑木林内で、性的に成熟した雌を捕獲した。室内に持ち帰った雌を、空気穴を開けたプラスチックカップに入れ、日陰に静置し、1日に2回水を与えた。捕獲後、排出した糞を12時間ごとにカップから取り出し、電子天秤を用いて乾燥重量を計測した。一部の雌は、捕獲直後と12,24,36時間後に解剖し、消化管内容物の量を調べた。
 消化管内をほぼ空にさせた雌に、ヒツジキンバエ(乾燥重量:6.24mg/頭)を0,1,2,3,4頭ずつ与えた。その後は水のみを与え、排出した糞の乾燥重量を12時間ごとに計測し、捕獲直後に排出された糞量と比較した。
 摂食量が卵生産に及ぼす影響を明らかにするため、早朝捕獲した雌が保有していたすべての成熟卵を強制的に放出させた後、ヒツジキンバエを0,1,2,3,4頭ずつ与えて静置し、7日までに適宜解剖して保有成熟卵を数えた。

結果と考察
 夕方捕獲した雌の消化管内容物の量は、捕獲直後と12時間後で有意な差は認められなかった。それに対し、早朝捕獲した雌の消化管内容物は、12時間後に有意に減少し、24時間でほぼ空になっていた。夜間に糞を排出せず、前日の日中に摂食した餌の不消化物は翌日に排出していたといえる。早朝捕獲した雌は、捕獲後24時間までに乾燥重量で2.69±0.80mg(±S.D., n=53)の糞を排出したが、それ以降の日当たり排出量は約0.8mgと一定となった。ヒツジキンバエを0,1,2,3,4頭与えた雌が、翌朝から24時間以内に排出した糞の乾燥重量は、それぞれ0.74,1.60,2.00,2.60,3.09mgだった(図1)。逆算すると、雌の日当たり摂食量は、ヒツジキンバエ3.2頭分となり、乾燥重量で約20mgに相当する。ショウジョウバエのような小さな双翅目の乾燥重量は1mg程度なので、林内において雌が1日に食べる小昆虫は20頭を超えると考えられた。
 体内の成熟卵は、捕獲後増加したが、4〜5日目に増加が止まった。ヒツジキンバエを与えなかった雌では220個、3頭以上与えた雌は370個まで増加したので、ヒツジキンバエ3.2頭分の栄養は、この差の150個程度の成熟卵に相当するといえる(図2)。産卵のため水田に飛来する雌は、体内に約500個の成熟卵を保有していたことから、一度産卵を行なって体内の卵を産みつくした雌が、再び約500個の卵を成熟させるまでには、3〜4日間の摂食活動期間が必要になると考えられた。これらの結果は、林内には水田の2倍以上の雌が常に存在し、雌は週に1〜2回水田を訪れて産卵活動を行なうという野外観察を支持している。

図1.給餌した雌の排出した糞の乾燥重量(r, ±S.D.).


図2.給餌した雌が保有していた成熟卵数の日変化.

 
©2007 筑波大学生物学類