つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310737

オートタキシンノックアウトマウスの表現型解析

岩田 夏希 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:桝 正幸 (筑波大学 人間総合科学研究科)


(背景、目的)
 オートタキシンは、細胞運動促進因子としてメラノーマ細胞の上清中から単離された分子であり、ENPPファミリーに属する。オートタキシンはホスホジエステラーゼ活性を持つことからヌクレオチド代謝に関与すると思われていたが、最近の研究から、脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(LPA)やスフィンゴシン−1−リン酸(S1P)を産生するリゾホスホリパーゼD活性も有することが明らかにされた。従って、オートタキシンは、LPAやS1Pを産生し、特異的なGタンパク質共役受容体を活性化することにより、細胞内へシグナルを伝達すると考えられる。LPAとS1Pは、それらの受容体のノックアウトマウスを用いた解析から、神経系の発生、神経因性疼痛、血管形成などに関わっていることが明らかにされている。
 オートタキシンについては、主に癌細胞を用いた細胞生物学的な実験によって、細胞の増殖や運動を制御していること、癌細胞で発現が高く、腫瘍の悪性化と関係があることが示されている。また、オートタキシンが病態マーカーとして利用できる可能性や、オートタキシンの活性を制御することによって癌の浸潤や転移を抑制できる可能性があり、臨床的にも重要であることから、その働きが注目されている。しかしながら、これまでオートタキシンの生体内での役割については明らかにされていなかった。
 オートタキシンの発現を調べた結果、胎生5.5日目(E5.5)までは発現が検出されなかったが、E6.0からE7.0までは外胚葉で発現が見られた。E7.5では卵黄嚢の臓側内胚葉細胞で強い発現が、頭部突起で弱い発現が見られた。E8.5では、頭部ヒダ、体節、卵黄嚢で強く発現していた。E9.5以降では、頭部間充組織、鰓弓、フロアープレート、体幹、鼻棘の間葉細胞、眼瞼、舌、肢芽、口蓋、脈絡叢上皮、腎臓などで発現していた。
 オートタキシンノックアウトマウスを作製した結果、ホモマウスはE9.5頃に死亡することがわかった。E7.5では外胚葉と中胚葉の間に空胞が出現し、E8.5では頭部と、時に体幹に大きな空胞が観察された。空胞に隣接する神経上皮では、他の部位では見られない大量のアポトーシスが起こっていた。空胞ができていた場所は、オートタキシンが発現している部位と一致していた。また、オートタキシンmRNAが強く発現している卵黄嚢では、初期の血管形成や血管内皮細胞、血球への分化は正常に起こっていたが、成熟した血管網形成に異常が見られた。従ってオートタキシンは卵黄嚢の血管形成と胚発生に不可欠であると考えられる。
 これまでに複数の近交系マウスと交配した系統を作製したところ、特定の系統のヘテロマウスでのみ誕生時に眼瞼が開いている異常が観察された。本研究は、この表現型の出現時期とオートタキシン遺伝子の発現の関係を明らかにすることを目的とした。

(方法)
 オートタキシンのヘテロマウスと野生型マウスを交配させ、E11.5、E13.5、E15.5、E16.0、E16.5、E17.5で胎児を子宮内から取り出し、E11.5は胚全体を、他は頭部のみを4% パラホルムアルデヒド(PFA)/リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸し、4℃で12~16時間固定した。その後、ティッシュプロセッサーを用いてパラフィン浸透処理(70%エタノール2時間、80%エタノール2時間、90%エタノール2時間、100%エタノール2時間×3回、キシレン1時間×3回、パラフィンワックス1時間62℃×3回)を行った後、パラフィン包埋を行った。次にミクロトームを用いて4 μm切片を作成し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。遺伝子型は胎児の一部から抽出したDNAを用いてPCRにより決定した。
 また、in situ hybridizationを行い、mRNAの発現を調べた。上記と同様に固定したE11.5の野生型マウス胚の全体と、E13.5、E15.5、E16.0、E16.5の野生型マウスの頭部を、30%スクロース/PBSに4℃で16時間浸した後、O.C.T.コンパウンドに埋め、クリオスタットを用いて10 μm切片を作成した。切片を1 μg/ml プロテイナーゼ K を含むPBT(0.1% Tween-20を含むPBS)で37℃、5分間処理し、4% PFAで再固定した後、ジゴキシゲニン標識したRNAプローブを含むハイブリダイゼーション溶液(50%脱イオン化ホルムアミド、5×SSC (pH 4.5)、1%SDS、50 μg/mlヘパリン、50 μg/ml yeast RNA)と65℃で16時間反応させた。プローブとしてはオートタキシンのセンス鎖とアンチセンス鎖を用いた。50%ホルムアミド、5×SSC、1%SDSの溶液で65℃、30分間洗浄し、50%ホルムアミド、2×SSCの溶液で65℃、30分間の洗浄を3回行った。次に、アルカリフォスファターゼ標識した抗ジゴキシゲニン抗体(2000倍希釈)と4℃で20~24時間反応させた。最後にNTMT(0.1 M NaCl、50 mM MgCl2、0.1 M Tris (pH 9.5)、0.1% Tween-20、2 mM レバミゾール)で洗浄した後、2 mMのレバミゾールを含むBM purpleで7~13日間発色させた。

(結果)
 ヘマトキシリン・エオジン染色の結果、E13.5から眼瞼の発生に違いが見られた。野生型マウスでは発生が進むにつれて眼瞼先端上皮が伸長し、E16.0には眼瞼が閉鎖したが、ヘテロマウスでは眼瞼先端上皮の伸長が起こらず、E17.5になっても眼瞼が閉鎖しなかった。
 in situ hybridizationの結果、オートタキシンは、E11.5では網膜色素上皮細胞に、E13.5では眼瞼の間充組織に発現していたが、E15.5以降は発現していなかった。センス鎖プローブではシグナルは検出されなかった。

(考察)
 眼瞼先端上皮が伸長する時期にオートタキシンmRNAが眼瞼の間充組織に発現していたことから、オートタキシンは、間充組織細胞の増殖や移動、もしくは眼瞼を構成する細胞の収縮などを介して眼瞼閉鎖に関与している可能性が考えられた。今後、オートタキシンヘテロマウスでこれらの過程のいずれかに異常が生じているかどうかを確かめる必要がある。


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