つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310742

大麦の光合成能力に対する長期乾燥ストレスの影響

大澤 陽樹(筑波大学 生物学類 4年)
指導教員:G. N. Johnason (Life Science, the University of Manchester)
指導教員:鞠子 茂(筑波大学 生命環境科学研究科)

《背景と目的》
 現在、砂漠化の進行や、温暖化による乾燥地域のさらなる乾燥化などが危惧されている。乾燥は植物の成長に大きな影響を与えると予想されるため、乾燥ストレス下での植物の光合成機能の変化を解明しようと多くの研究がなされてきた。しかし、植物に対する乾燥ストレスの影響は未だ全てが解明されていない。近年、英国マンチェスター大学のLife Science専攻では乾燥条件下で顕著に働くとされるcyclic electron transport(循環型電子伝達系、CET)に関する研究が行われてきた。光化学系I(PSI)のみを介するとされているCETは存在の有無の確認もなされていない(2005年現在)。また、これまでの研究はソルビトールを土壌に加え、浸透圧を調節し、短期間の人工的な乾燥ストレスを与えた実験系を用いてきた。そこで本研究では、より自然状態に近い長期的乾燥ストレス(給水をやめることによる乾燥)をオオムギに与えた2つの実験を行うことで‘オオムギの光合成能力に対して長期的乾燥ストレスがどのような影響を与えるか’を明らかにし、その結果より‘CETの存在を証明すること’を目的とした。

《材料》
 材料としたオオムギ(Hordeum vulgare L. cv Chariot (supplied by Cambridge, UK))は、播種後、2日程で発芽、7日後には葉幅が1cm、草丈は15cm程に成長する。3.5インチのポットに15個の種を播種した。播種後9日目までは全ての苗を水分が十分にあるコンディションで生育させ、10〜20日目のオオムギの光合成能力を測定した。

《方法》
 実験1)長期的乾燥ストレスの影響を解明するために、1,3,5,7,9,11日間という異なったスパンのストレス処理を設定した。またコントロールとして、常に豊富な水分条件化で生育させたオオムギを用いた。それぞれのストレス期間を経験したDroughted-plantsにおいて、光合成能力(PSUの量子収率:全光エネルギー中どの程度光合成に利用できたかを表す指標)、PSII electron transport rate(PSII ETR:PSIIが吸収したエネルギー量)、非光化学消散(NPQ:過剰な光エネルギーを熱エネルギーとして逃がした量の指標)を測定した。これらのパラメーターは、PAM2000(Walz, Effeltrich, Germany)とLCpro+ Portable Photosynthesis System (ADC BioScientific Ltd)を用いて測定した。
 実験2)乾燥ストレスを受けたオオムギの光合成回復能力を明らかにするために、乾燥ストレスの効果が顕著に現れた7日間の乾燥ストレスを与えたオオムギを用いた。このDroughted-plantsは、24時間水分条件の豊富なコンテナーに移して、乾燥ストレスを中断させた。このRewatered-plantsの光合成能力(PSIrate:1msごとにPSIを通る電子量、気孔コンダクタンス:気孔の開度、PSII ETR、NPQ、PSIIの量子収率)の変化を測定した。

《結果》
1)5日間以上の乾燥ストレスを与えると、オオムギのPSUの量子収率、PSII electron transport rate(PSII ETR)は減少したが、NPQは増加した。11日間のストレスを与えたオオムギは枯死した。 2)PSUの量子収率、PSII ETR、気孔コンダクタンスにおいてはDroughted-plantsに水分を与えると、光合成能力は回復した。しかし乾燥ストレスを一度も受けたことの無いコントロール植物と比べると、完全に回復してはいなかった。またデータを示していないが、48時間の回復時間を設けても、元の光合成能力に戻ることはなかった。一方、水条件を回復させた後のPSI rateの数値は増加する傾向が見られた。さらに、PSIと光化学系II(PSII)の稼動の程度を示すPSI-rateとPSII ETRでは、Droughted-plantsのPSII−ETRは500μmol-2s-1以上の光条件で飽和し、次第に減少していくが、PSI-rateは増加し続けていく傾向が見られた。(Fig.1)

《考察》
 オオムギの光合成能力に対して、長期乾燥ストレスが大きな制限を与えていることが明らかとなった。さらに、’ソルビトール等を用いた’短期乾燥ストレスと’灌水停止による’長期乾燥ストレスが与える影響は同じであった。また、一度乾燥ストレスを受けたオオムギは、再び水を与えられると光合成能力を十分に回復させることが明らかとなった。
 通常、PSII・PSIは光合成電子伝達経路内に存在するので、光合成が行われているときは、PSII・PSIともに同じ量子数の電子が運ばれるはずである。しかし、実験結果はDroughted-plantsとRewatered-plantsにおけるPSI-rateがPSII-ETRよりも稼動していることを示した。このことは、PSIのみを介し、乾燥時に働くとされているCETが存在し、実働していることを証明している。Droughted-plantsとRewatered-plantsにおいてNPQが増加していることも、CETが稼働中にNPQを上昇させるというこれまでの知見を支持するものであった。


©2007 筑波大学生物学類