つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310745

アサガオの光周性花成誘導における光受容体フィトクロムの機能解析

太田 雅之 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鎌田 博 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 植物は外界の様々な環境要因によって発生・分化のプログラムが制御されており、特に栄養成長から生殖成長への成長相の転換は植物にとって重要なプロセスである。栄養成長から生殖成長への成長相の移行は花成と呼ばれ、特に日長の変化によって引き起こされるものを光周性花成誘導という。光周性花成誘導においては、葉における日長の計測が重要であり、この過程には光受容体と概日時計の協調的な働きが不可欠である。光周性花成誘導における光受容体としては、光受容蛋白質であるフィトクロム ( PHYTOCHROME : PHY ) が主に働いているとされているが、実際にどのように光周性花成誘導に関与しているかは十分に解明されていない。
 フィトクロムは主に赤色光/遠赤色光を吸収して光可逆性を示し、種子発芽、脱黄化反応、避陰反応、光周性花成誘導等の光応答反応において中心的な役割を担っていることが、生理学的・分光学的な研究から明らかになっている。近年、シロイヌナズナやイネを用いた分子遺伝的な手法による解析が進み、シロイヌナズナにおいては5種類、イネにおいては3種類のフィトクロムが存在し、それぞれが機能の重複・分担をしていると同時に、光周性花成誘導における機能も明らかになりつつある。しかし、シロイヌナズナは条件的長日植物・イネは条件的短日植物であり、花成に不適な日長条件下でも花成が誘導されることから、光周期依存経路の他にも様々な花成誘導経路が複雑に作用しあっていることが示されている。
 ところで、古くから光周性花成誘導のモデル植物として用いられてきた絶対的短日植物であるアサガオは、一回の短日処理で花成を誘導することができ、光周性が非常に強いことが特徴である。そのため、アサガオにはシロイヌナズナやイネとは異なる、新たなフィトクロムの機能があると考えられる。そこで本研究では、アサガオを用いてフィトクロムの機能を解析し、光周性花成誘導における光受容体の作用機構の解明を通して、高等植物における光周性花成誘導の分子機構の一端を明らかにすることを目的とする。

【研究方法】
 実験材料として、アサガオ品種「紫」( Pharbitis nil cv. Violet ) を用いた。アサガオ品種「紫」の花成は光周性に厳密に制御されており、1回の短日 (SD) 処理によって花成を確実に誘導でき、長日 (LD) 条件下では少なくとも数ヶ月は花成が全く起こらない。また、誘導暗期中に光パルスを与える光中断 (NB) 処理や、誘導暗期直前に遠赤色光 (FR) を照射する EOD-FR 処理によって花成が著しく阻害される。

○ 形質転換体の作製
 研究室の先行研究により、アサガオからフィトクロムをコードするcDNAが単離された。全長cDNAのシークエンス解析の結果、アサガオには、 PnPHYA, PnPHYB1, PnPHYB2, PnPHYC, PnPHYE の5種類のフィトクロムが存在することが明らかとなった。遺伝子の発現解析の結果、発現パターンが個々に異なることから、個々のフィトクロムが異なる機能を持つ可能性ことが示唆された。
 個々のフィトクロムの機能を明らかにするため、CaMV35Sプロモーターを用いた過剰発現コンストラクトおよび、RNAi による発現抑制コンストラクトを作製した。コンストラクトを導入したアグロバクテリウムを不定胚に感染させ、遺伝子導入を行った。その後、再分化した個体を選抜、馴化させ、長日条件(LD: 16L / 8D)下で成育させた後、短日条件(SD: 10L / 14D)下で栽培して種子を得た。

【結果と考察】 
 PnPHYA -RNAi が47ライン、PnPHYB1 -RNAi が48ライン作出できた。T1世代に見られる形質として、PnPHYA -RNAi では、30ラインが長日 (LD) 条件下では花芽を付けず、栄養成長のみを示した。しかし、残りのラインではLD条件下においても花芽を形成した。また、T1世代における PnPHYA の発現量を調べた結果、発現が抑制されているラインが5ライン得られた。一方、T1世代における PnPHYA -RNAiの花芽形成と PnPHYA の発現量を比較した結果、花芽形成の有無と発現量の高低は一致しなかった。このことは、培養条件下におけるストレスによって花芽形成が促進された可能性を示唆しており、T2世代以降で解析することが重要と考えられる。
 PnPHYB1 -RNAiでは、42ラインでLD条件下においても花芽を形成し、ほとんどの個体で、強い花成刺激を受けた際に見られる terminal flower を形成した。これらの結果は、PnPHYB1 は花成に対し抑制的に機能する可能性を示唆している。現在、これら形質転換体における PnPHYB1 の発現量を確認中である。また、PnPHYA -RNAiと同様、T1世代での表現型は参考にならない可能性もあり、T2世代での解析が必要と考えられる。
 現在、PnPHYC -RNAi、PnPHYB2 -RNAi、PnPHYE -RNAi、PnHY1 -RNAi、35S::PnPHYA の形質転換体を作製している。今後、これら形質転換体を用い、様々な暗期に対する花成反応の調査や下流遺伝子の発現解析等を行い、フィトクロムの詳細な機能を明らかにしたいと考えている。


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