つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310747

ワラジムシの心臓拍動に対するアミン類の効果

大野 祐策 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:山岸 宏 (筑波大学 生命科学環境研究科)

《導入》
 脊椎動物や多くの無脊椎動物の心臓は心筋をペースメーカーとする筋原性であるが、節足動物甲殻類の多くは心臓神経節をペースメーカーとする神経原性であることが知られている。心臓は一般に生体内において、神経性やホルモン性の調節機構によって調節されているが、甲殻類の神経原性心臓においても神経性やホルモン性の心臓調節機構のあることが報告されている。甲殻類の神経ホルモンとしていくつかのアミン類が知られており、主として十脚目の心臓に対するそれらのアミン類の効果が調べられているが、それらの効果は種によって必ずしも一様ではない。甲殻類の神経原性心臓に対するアミン類の効果の多様性を調べることを目的として、等脚目に属するワラジムシの神経原性心臓の拍動頻度に対するアミン類の変時性効果について調べた。

《材料・方法》
 実験材料には、節足動物門甲殻綱等脚目に属するワラジムシ (Porcellio scaber) の成体(8〜10mm)を雌雄の別なく使用した。実験には、腹甲と心臓以外の内臓および頭部を除去して、背甲に付着した状態の半摘出心臓標本を用いた。腹側を上にしてチェンバーに固定し、心臓末端を吸引電極で吸引することによって細胞外電位(心電図)を記録した。更に、そのシグナルを心拍カウンターに接続し、心臓の拍動数を計測した。標本は常に生理的塩類溶液で灌流し、適宜、薬物を含んだ生理的塩類溶液に置換することによって、薬物を灌流投与した。試薬にはセロトニン、ドーパミン、エピネフリン、オクトパミンを用い、10-9M〜10-4Mの各溶液を低濃度から高濃度へ順次投与した。

《結果・考察》
 セロトニンは2相性の変時性効果を示した。低濃度においては、初期の負の変時性効果に続いてわずかながら正の変時性効果が観察された。一方高濃度においては、初期の大きな負の変時性効果に続いて、より小さな負の変時性効果が記録された。エピネフリンもセロトニンと同様な効果を生じたが、その後効果はセロトニンに比較して長かった。ドーパミンおよびオクトパミンにおいては、濃度を高くしても心臓の拍動頻度に明瞭な効果は観察されなかった。
 同じ等脚目のフナムシでは、これら4種のアミンはいずれも心臓拍動に対して濃度依存的な正の変時性効果を及ぼすことが報告されている。また同様に等脚目に属するオオグソクムシにおいてはセロトニンとオクトパミンは正の変時性効果、エピネフリンとドーパミンは負の変時性効果を生じることが報告されている。ワラジムシの心臓に対するアミン類の変時性効果は、それらの結果と大きく異なっていた。同じ等脚類で近縁である3種の間で、アミン類の心臓に対する変時性効果が異なることは、十脚類で得られた結果と類似しており興味深い。神経原性心臓に対するアミン類の変時性効果は、ペースメーカーである心臓神経節ニューロンに対する効果と考えられるので、心臓神経節ニューロンの自発活動機構に対するアミン類の効果を比較・検討していくことが必要とされる。


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