つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310748

シロイヌナズナの導管液セリンプロテアーゼ遺伝子に関する研究

奥田 麻子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:佐藤 忍(筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 導管は、根で吸収した水や無機塩類を地上部に供給する役目を担う。導管を流れる導管液には、根で吸収される水・無機塩類の他に、植物ホルモン、タンパク質、有機酸など様々な有機物質が存在している。これらの有機物質の中には導管をとりまく根の中心柱で合成され、導管を介して各組織に運搬されることにより生理状態の維持などに関与するものがあると考えられる。
 そこで、かずさDNA研究所で作成された、シロイヌナズナにレポーター遺伝子であるGUS遺伝子がランダムに挿入されたジーントラップラインから、根の中心柱で特異的に発現するラインが選抜された。その結果、8ラインにおいて根の中心柱においてGUSの発現が見られた。この8ラインについて近傍配列を調べ遺伝子の探索を行ったところ、2ラインに共通してsubtilisin like serine protease遺伝子が存在していた。
 本研究では、導管液に存在すると考えられるセリンプロテアーゼ遺伝子について機能解析を行うことで、植物における根や導管液の役割を解明することを目的として実験を行った。

【方法】
◆ セリンプロテアーゼ遺伝子の発現部位解析
 アグロバクテリウムを用いてsubtilisin like serine proteaseプロモーター::GUS形質転換体を作成した。また、GUS染色を行い根の中心柱で特異的にGUSの発現が見られるか観察した。
◆ 遺伝子欠損変異体を用いたセリンプロテアーゼの機能解析
 SALK研究所より取り寄せたsubtilisin like serine protease遺伝子欠損変異体3ラインについて、WTとの表現型の比較を行った。各3ラインはsubtilisin like serine protease遺伝子配列においてそれぞれ別の部分に変異があり、機能が欠損している変異体である。これらの表現型を観察することで本遺伝子の機能予測が可能と考えた。
 また、環境条件の変化によりsubtilisin like serine protease遺伝子の影響が形質に現れることを期待し、様々な外部環境においてWTと遺伝子欠損変異体の表現型の比較を行った。外部環境の変化として、まずフザリウムの感染実験を行った。subtilisin like serine protease遺伝子はプロテアーゼをコードする遺伝子であるため、菌体に対して防御応答を示すのではないかと予想した。シロイヌナズナと同じアブラナ科に感染するキャベツ萎黄病菌(Fusarium oxysponum f sp. conglutinaus)を使用し、MS培地で2週間生育させたWTとsubtilisin like serine protease遺伝子欠損変異体の根にフザリウム菌を感染させ、病兆を観察した。

【結果・考察】
◆ セリンプロテアーゼ遺伝子の発現部位解析
 subtilisin like serine proteaseプロモーター::GUSの形質転換体は、根の中心柱がよくGUS染色された。このため、ジーントラップラインにより選抜された2ラインのGUSが挿入された遺伝子はsubtilisin like serine protease遺伝子であると考えられる。
◆ 遺伝子欠損変異体を用いたセリンプロテアーゼの機能解析
 subtilisin like serine protease遺伝子欠損変異体は、3ラインそれぞれにおいてMS培地、土植え共に、WTと生育上の顕著な違いは見られなかった。
 また、フザリウム感染実験でもWTとsubtilisin like serine protease遺伝子欠損変異体の病兆に大きな違いはなく、共にフザリウム菌が感染したことにより葉が黄化し、やがて枯死した。このため、subtilisin like serine protease遺伝子はフザリウム菌への抗菌活性に関与していないことが分かった。
 さらに浸透圧ストレス、塩ストレスなどの様々な外部環境の変化を与え表現型の観察を行い、subtilisin like serine protease遺伝子の機能解明を試みている。
 また、subtilisin like serine proteaseタンパク質にGFPを付加した形質転換体の作成、過剰発現変異体の作成による本遺伝子の機能解明を行っており、セリンプロテアーゼ遺伝子の機能解明を通して植物における根、導管液の役割を明らかにしたいと考えている。


Subtilisin like serine protease promoter::GUS形質転換体の根のGUS染色


(左)フザリウム感染前のシロイヌナズナ(右)フザリウム感染後19日目のシロイヌナズナ
(左からWT、遺伝子欠損変異体ライン1、ライン2、ライン3)

 
©2007 筑波大学生物学類