つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310749

西部北太平洋亜熱帯域亜表層における二酸化炭素の動態

小野 智志 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 濱 健夫 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<Introduction>
 海洋における有機炭素や炭酸物質といった炭素の動態を明らかにすることは、大気・海洋間での二酸化炭素交換過程や、海洋生態系における物質・エネルギーの流れを理解する上で非常に重要である。これまで生物生産の盛んな有光層(表層)の炭素の動態については多くの研究が行われてきた。しかし生物による生産活動(光合成)が減少し、結果として分解活動が卓越となる亜表層の炭素の動態についての研究はあまり進んでいないのが現状である。その原因として、亜表層では衛星による観測が不可能であること、船舶による時系列的な観測データが不足していることなどが挙げられる。
 そこで本研究では、気象庁により年4回の各層観測が行われている137°E、30°Nの観測点に着目した。この観測点は北太平洋亜熱帯循環の北西に位置しており、表層水温や混合層に顕著な季節変化が観測されている。本研究の目的はこの観測点の表層から亜表層における全炭酸(DIC)濃度の季節変化を評価することである。さらに溶存酸素、栄養塩濃度、水温や塩分などの物理パラメータ等の鉛直分布やその変化を合わせて解析することによって各層におけるDICの季節変化の原因について考察した。
<Dataset & Methods>
 本研究で使用したデータは気象庁所属の観測船「凌風丸」、「啓風丸」によって137°E、30°Nで採水されたCTD(温度、塩分、採水深度)、溶存酸素、栄養塩などのデータと採水したサンプルを陸上で分析したDICのデータである。採水深度は5m、10m、25m、50m、75m、100m、125m、150m、200m、250m、300m、400m、500m、600m、700m、800m、900m、1000mである。DICの測定には電量滴定法(精度±1μmol/kg)を用いた。DICの各層観測は2003年4月から年4回(1月、4月、6月、10月)の頻度で行われており最新のデータは2006年4月のものである。
 DIC濃度は塩分35における値に規格化することで降水量や蒸発量の変化に伴う濃度の変化を補整した(nDIC)。また溶存酸素濃度などにより見かけの酸素消費濃度(AOU)を求め、次式により生物の分解によるDIC変化を差し引いたpref-DICを計算した。
 Pref-DIC=nDIC−AUO×117/170
 <Results&Discussion>
 水深5mにおいてnDIC濃度は平均で1月に1996.3±12.2μmol/kg、4月に1984.7±8.1μmol/kg、7月、10月から11月にかけてそれぞれ1967.2±14.8μmol/kg、1968.5±13.6μmol/kgであり、1月から11月にかけて大きな減少傾向が見られた。こうした季節的な減少傾向は水深75mまで見られた。水深100mでは季節変動は表層に比べて小さく1月に1995.0±8.8μmol/kg、4月に2002.7±2.9μmol/kg、7月と10月から11月にかけてそれぞれ1991.6±4.5μmol/kg、1995.9±12.6μmol/kgであった。125mから150mまでは1月から10月にかけて大きな増加傾向が見られ、混合層が150m以深に発達する10月から1月には減少した。特に150mでその傾向は強く、平均で1月に1995.3±18.1μmol/kg、4月と7月にそれぞれ2006.7±16.9μmol/kg、2005.4±6.3μmol/kg、10月と11月に2018.5±20.1μmol/kgという値を示した。
 またprefDIC濃度とnDIC濃度との間には水深75m以浅では有意な差(信頼限界≧95%)は見らなかった。100m以深では大部分に有意な差が存在していた。つまり100m以深では生物による分解が卓越していることを示唆している。
 次に単位面積当たりのDICのインベントリの季節変動を水深0〜50m、50〜100m、100〜150mの各層毎に計算した(図1)。
 1月から4月にかけては0〜150mのDICインベントリは増加を示した。しかし、DICインベントリは0〜50mにかけて減少している。ここでは硝酸塩の減少(枯渇化)や比較的高いChl.aが観測されていることからDICの減少は植物プランクトンの生産に起因していると考えられる。100〜150mにかけては増加しており、生物分解や下層からの拡散などが原因であると推測される。
 4月から7月にかけて0〜150mのDICインベントリは減少した。これは生物による生産活動が0〜100mで活発な為と考えられる。硝酸塩の枯渇した0〜50mでは窒素固定に伴う生産が起こり、75〜100mでは硝酸を利用した生産と窒素固定が起きていると推測している。
 7月から10月にかけて0〜150mのDICインベントリは顕著な変動は確認されなかった。
 混合層が150m以深に発達する10月から1月には0〜100mにかkてはDICインべントリが増加するが、100〜150mにかけてはむしろ減少した。これは表層−亜表層間の鉛直輸送を示している。0〜150mは増加しており、生物分解や150m以深との混合などが原因であると推測される。


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