つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310750

大腸菌機械受容チャネルMscLと細胞膜との相互作用

笠井 誉子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:吉村 建二郎 (筑波大学 生命環境科学研究科)


[背景・目的]
 生物は、音、重力、圧力などの機械的刺激を機械受容チャネルの活性によって感知している。機械受容チャネルを研究することは、生物の感覚受容を理解する上で重要である。最初に発見された機械受容チャネルである大腸菌のMscL(Mechanosensitive channel of large conductance)とMscS(Mechanosensitive channel of small conductance)は、細胞膜の張力に応じて開くチャネルであり、現在最も研究が進められている。これらは細胞が低浸透圧の状態にさらされたとき、チャネルが開いて細胞内のイオンや低分子を細胞外へ排出する“安全弁”として働く。これによって大腸菌は過度の膨張による細胞の破裂を防ぐことができる。実際、MscLと MscSをノックアウトした株では、低浸透圧ショックを受けたときの生存率が野生株に比べてかなり低くなることが知られている。
 チャネルタンパク質を精製し人工膜に再構成させる実験により、MscLやMscSは細胞内の物質や構造によってではなく、膜の張力のみによって開閉することがわかっている。一方で、脂質二重膜にアルコールを加えると、脂質が膜タンパク質を押す力(lateral pressure)が弱まり、膜が薄くなるという報告がある。本研究では、膜タンパク質としてMscLを膜に組み込み、アルコールを加えたときのチャネルの挙動の変化を調べた。これによってMscLにどのような変化が生じるのかがわかれば、MscLと細胞膜との相互作用の解明につながると考えられる。

[方法]
 MscLにHisタグがついた大腸菌の変異株を使い、超音波破砕、遠心分離、カラム操作によってMscLタンパク質を分離・精製した。精製したタンパク質をazolectinと再構成させてプロテオリポソームを作った。これをbath solutionで満たしたトロフに塗り、5〜20分後に出てくるblister(Fig.1)の膜をパッチピペットで吸い付けた。膜を切り出し、陰圧を加えたときに流れる電流を測定した。通常のbath solutionで何回か記録した後、パッチした状態のままでbath solutionをアルコール(エタノール、ブタノール、ヘキサノール)を含んだ溶液に置換して同様に測定した。段階的にアルコール濃度を上げていき、アルコール濃度とチャネルの挙動の変化を調べた。

[結果・考察]
 Fig.2にパッチ記録の一例を示す。陰圧を加えていくと、MscLが開いて電流が流れるのが観察された。そのときの閾値は98 mmHgだった。溶液を0.01%エタノールに置換すると、より低い圧力で開くようになった(95 mmHg)。更にエタノール濃度を上げると(0.05%、0.1%)、閾値は更に下がった(90 mmHg、82 mmHg)。
 また、アルコールの炭化水素鎖が長いほど低濃度で効果が現れた。ブタノールでは0.005%、ヘキサノールでは0.0001%で閾値が下がり始めた。この傾向は、アルコールの炭化水素鎖が長く濃度が高いほど膜の物性に対する効果が高いという先行研究と一致している。
 この実験により、アルコールを加えることでMscLが開き易くなることがわかった。これは、アルコールによって膜が薄くなり、細胞が膨張したときと同じような状態になったためと考えられる。しかし、アルコールが膜とMscLの相互作用にどれほど影響しているかはこの結果だけからはわからない。今後は、膜と相互作用していると予測される位置に変異のあるMscLを用いて同様の実験をすることによって、その点を解明していく予定である。



Fig. 1 Blisterにパッチピペットを近づけた様子。スケールバー:20μm



Fig. 2 膜に陰圧(下のトレース)を与えたときのMscLの応答(上のトレース)
  


©2007 筑波大学生物学類