つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310752

水生被子植物カワゴケソウ科カワゴロモの花芽形成

片山 なつ (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:井上 勲 (筑波大学 生命環境科学研究科)

●背景・目的●
 カワゴケソウ科は,季節的な水位変動のある河川の早瀬や滝などに生育する形態的にも変わった水生被子植物である.植物体の主要器官は葉緑体をもつ帯状または葉状の根であり,水中の岩上を匍匐する.雨季は栄養シュート(糸状の葉の束)をつけ常時水中で生活し,乾季になり水位が低下し植物体が空気中に出ると,生殖シュート(花芽)をつける.常に激しい水の流れにさらされる苛酷な環境に適応し,独自の形態形成を獲得したと考えられ,茎頂分裂組織から外生的に葉を形成する一般的な被子植物のボディプランとは異なる.これまでのアジアの種の研究から,栄養シュートは根から内生発生するが,茎頂分裂組織をもたず,新たな葉は古い葉の基部から生じ,その際境界の細胞の遊離と細胞死を伴うことが明らかになっている.栄養シュートの特異な形態形成が明らかになる一方,生殖シュートについての研究は少ない.そこで本研究では,詳細な形態観察により生殖シュートの形成過程を解明することを目的とした.材料として用いたカワゴロモHydrobryum japonicumは,葉状の根をもち,栄養シュートは束生する普通葉,生殖シュートは普通葉と形態の異なる2列互生する苞葉と花からなる.さらに,一般的な被子植物の茎頂分裂組織で発現するSHOOT MERISTEMLESS(STM)相同遺伝子の発現解析を行い,形態的には認識されない茎頂分裂組織部位で遺伝子発現が起こるかどうかの検討を試みた.

●材料・方法●
 2006年2・9・11月に鹿児島県大隈半島で採集したサンプルを用いた.
1.準超薄切片作成による形態観察;FAA固定した植物体から,様々な発生段階の生殖シュートを切り出し,樹脂に包埋した.準超薄切片(2μm)を作成し,三重染色法で染色し,光学顕微鏡下で観察を行った.
2.走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察;FAA固定した植物体を酢酸イソアミルで置換し,臨界点乾燥装置で乾燥させ,金蒸着を施しSEM観察を行った.
3.STM相同遺伝子の単離・系統解析;植物体から抽出した全mRNAからcDNAを作成し,縮重プライマーを用いPCR法で目的遺伝子を増幅させ,全長の配列を決定した.最節約法により系統解析を行った.
4.STM相同遺伝子のRT-PCR法による発現解析;保存的な配列を含まない5’領域約200bpのプライマーを設計した.植物体から,生殖シュート原基・若い花・成熟花・若い栄養シュート・成熟葉・根・根端の7つを切り分け,RT-PCR法によりmRNA発現を比較した.ポジティブコントロールとしてGlyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase (GAPDH)遺伝子を用いた.

●結果●
 形態観察の結果,生殖シュートは栄養シュートに続いて根内部の同じ位置に生じることが明らかになった(図1A).このとき葉が脱落するものと残っているものが存在した.また,苞葉とそれに続く花原基の形成時には,器官の境界に染色性の低い液胞化した細胞や遊離した細胞が観察された(図1B).苞葉に続いて形成される花原基は,2列の苞葉の間に発生し,ドーム状であった.
 PCR法で得られた遺伝子は,系統解析の結果,STM相同遺伝子であることが確かめられ,HjSTM遺伝子と名づけた.RT-PCR法によるHjSTMの発現解析より,生殖シュート原基・若い花・若い栄養シュート・根端でmRNA発現が検出され,成熟花・成熟葉・根からは検出されなかった(図2).

●考察●
 栄養期から生殖期への移行期に,生殖シュートは,根の別の組織から発生するのではなく,栄養シュート形成部位から発生し,普通葉から苞葉への葉序と葉形態の切り替わりが起こると考えられる.また,生殖シュート形成は,葉が残るものでは栄養シュート形成と連続するが,脱落するものでは時間的ずれがあるようで,栄養シュート形成と不連続である可能性がある.また,苞葉は,栄養シュートと同様の細胞死を伴って形成されることから,形成様式は普通葉と同じ可能性が高く,続く花原基の発生にも細胞死が伴われることからも,生殖シュートの発生は一般的な被子植物とは異なる特異な形態形成であるといえる.一方で,花原基は一般的な被子植物の茎頂分裂組織と似たドーム状であることから,一般的な被子植物と類似した花器官形成が起こると予想される.
 HjSTMが生殖シュート原基・若い花・若い栄養シュートで発現することから,茎頂分裂組織は形態的には認識されないが遺伝子レベルではその機構を維持している可能性や,HjSTMが根で異所的に発現する可能性が示唆される.




©2007 筑波大学生物学類