つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310757

褐藻類コンブ目カジメの藻場流出個体による溶存態有機物の生成

環野 真理子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:濱 健夫(筑波大学 生命環境科学研究科)

【はじめに】
 近年、地球温暖化対策の一環として、温室効果ガスである二酸化炭素の収支に影響する海洋生態系の炭素貯留能力を明らかにする動きが高まっている。海洋生態系の炭素収支で特徴的なのが溶存態有機炭素(DOC)の存在である。DOCは海洋中に約700GtC(IPCC,1996)存在し、生物活動を通して海洋中を輸送される。海洋中の主なDOCの生産者は植物プランクトンと大型藻類である。藻場を形成する大型藻類は特に沿岸生態系において主要な一次生産者であり、その一次生産量の知見は多く得られている。しかし、大型藻類の生産するDOC量とその動態に関する知見は多くない。また、大型藻類の中でもコンブ目は群落更新や台風などの時に藻体が藻場から流出し、海底を漂う、あるいは岸に打ち上げられる事例がある。この藻場流出時にも藻体がDOCを生成し、沿岸生態系の炭素循環に影響を与えていると考えられる。しかしながら藻場流出個体の生成するDOCについての研究はこれまで行われてきていない。本研究では、藻場を形成するコンブ目カジメについて、藻場流出個体起源のDOC生成量の測定を大型水槽による擬似現場法にて行った。

【方法】
 2006年10月30日、筑波大学下田臨海実験センター前の鍋田湾にてカジメ2個体を群落内から素潜りにて採取し、 湿重量を測定した。フィルターによって光を減衰させることにより光環境をカジメの群落内に近づけた水槽3個に約550Lの海水を入れ、止水状態とした。うち2個の水槽にカジメ個体を1個体ずつ入れた。残りの1個の水槽を海水のみの対照実験とした。 実験開始後0〜86時間の間1〜16時間ごとにそれぞれの水槽と水槽に水を供給している流水から試水を採取した。 採取した試水はガラス繊維ろ紙でろ過し、ろ液は凍結保存した。 実験終了後、カジメ個体を水槽から取り出し、湿重量等を測定した後、60〜80℃48時間以上で乾燥、保存した。 凍結保存したろ液についてはDOC濃度を全有機炭素計(Shimadzu5000A)で分析した。 カジメのDOCの中で主成分と考えられるタンパク質と腐植物質について分光蛍光光度計(日立F-4500)を用いて三次元蛍光分析を行った。

【結果と考察】
DOC濃度: DOCの生成実験に用いたカジメには個体により重量の差があるため、カジメの乾重量(DW)1gあたりのDOC生成量で算出した。86時間でカジメ2個体(カジメ1,2)のDOC 生成量の平均値は9.16±5.31mgC/gDWになった。また、24時間では2.02±0.14mgC/gDWとなった。 これは先行研究において藻場内の生体のカジメから生成した1日あたりのDOC量(0.12-5.80mgC/gDW, 和田,2004)に匹敵する。 今回の実験系ではDOC生成量の平均は86時間まで直線的に増加した。よってカジメの藻場流出個体の生成するDOC量はこの実験系の86時間の段階で得られた量よりも更に多いことが考えられる。
三次元蛍光分析: DOC濃度が時間経過と共に増加傾向にあるのに対して、三次元蛍光分析ではタンパク質の蛍光強度(トリプトファン様タンパク質,Ex/Em=275/340nm, Coble et al.,1998)においてカジメ2個体ともに10時間まで急激な増加を見せた後(10時間でそれぞれ70.81,70.52QSU)13時間、16時間で急激に減少した(16時間でそれぞれ7.96,7.85QSU)。 一方腐植物質(PeakC Ex/Em=320-360/420-460nm, Coble et al.,1998)は時間経過とともに増加傾向を示した。 このことから、カジメの藻場流出個体が生成するDOMにおいて、初期に溶出するタンパク質は微生物活動などによって急速に分解される易分解性DOMであり、時間と共に増加するDOC濃度は腐植物質の濃度を反映していることが考えられる。


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