つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310762

アナナスショウジョウバエ類雌の種認識遺伝子の同定

小澤 恵代 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:澤村 京一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景>
 アナナスショウジョウバエ(Drosophila ananassae)とパリドーサショウジョウバエ(D. pallidosa)には性的隔離(行動的隔離)が存在する。この2種間では、雄が翅を振って出す求愛歌と雌の体表にある性フェロモンが異なる。当研究室の研究で、この2つの内、求愛歌の方が性的隔離に大きな影響をもつことがわかっている。すなわち、雌は求愛歌を聞いて、雄が同種か異種かを判断している。
 本研究にはアナナスとパリドーサの単為生殖系統の雌を用いた。この系統は卵が受精されずに染色体の倍化が起こり、母親と全く同じ構成の染色体をもった雌の子供ができる。この性質を利用して、アナナスとパリドーサの雑種雌に由来する種間モザイクゲノム系統が確立されている。これらの系統は2種の遺伝子が入り混じった染色体をホモ接合でもつ。
 当研究室で行われたこれらのモザイク系統雌とアナナス、パリドーサ雄との配偶行動観察の結果、モザイク系統は3つのグループに分けられた。すなわち、@アナナスとのみ交尾する系統、Aパリドーサとのみ交尾する系統、Bどちらとも交尾しない系統、である。さらに、Bのグループの多くで第2染色体左腕(2L)と第3染色体右腕(3R)の由来となる種が異なることがわかっている。
<目的>
 種間モザイクゲノム系統(グループB)がどちらの種とも交尾しないのは、「仮説1:雌(性フェロモン)が両種の雄にとって同種と認識されないため」、「仮説2:雌が両種の雄の求愛(求愛歌)を拒絶するため」の2つの可能性がある。このどちらが原因なのか区別する。
<材料>
アナナス :TBU209 雄
パリドーサ:TBU155 雄
種間モザイクゲノム系統(グループB) 雌
種間モザイクゲノム系統の元になった系統 雌
<方法>
 未交尾の4日齢の雌雄を1匹ずつ、高さ6mm、直径15mmの容器に入れ、10分間配偶行動を観察した。その間、次の行動に関して測定した。
・雄の行動の指標
 翅振指数:観察時間あたりの翅振時間の割合(%)
 求愛指数:観察時間あたりの求愛時間の割合(%)
 停止回数:雄が雌の求愛を止めた回数(回)
・雌の行動の指標
 翅開回数:雌が翅を一瞬開いた回数(回)
<結果>
 結果を表1に示す。
 まず、パリドーサ雄の配偶行動を見ると、ana♀×pal♂(異種間)の方がpal♀×pal♂(同種間)よりも翅振指数と求愛指数は小さく、停止回数は大きい。また、モザイク系統に対しては翅振指数が同種間よりも小さく、異種間よりも大きくなっている。しかし、求愛指数と停止回数には顕著な傾向は見られなかった。
 次に、アナナス雄の配偶行動については、ana♀×ana♂(同種間)のデータが未取得のため、pal♀×ana♂(異種間)とモザイク系統の比較のみを行う。翅振指数では差が見られず、求愛指数ではモザイク系統の方が大きくなる傾向が見られた。また、停止回数では顕著な傾向が見られなかった。
 雌の配偶行動については、翅開回数を種認識の指標としたが、どの組み合わせでも値が小さく、比較ができなかった。
<考察>
 雄の行動の指標について考察すると、モザイク系統の雌と両種の雄が交尾しないのは、雌が両種の雄にとって同種と認識されないためなのかどうか(仮説1)判断できない。雌の行動の指標については、今回測定した値のみでは、交尾しないのは、雌が両種の雄の求愛を拒絶するためなのかどうか(仮説2)判断できない。
<展望>
 今回、雌雄どちらの行動の指標も仮説の判断に不十分だったので、さらに次の2つの実験を行う。仮説1を検証するために、凍結することにより求愛を拒絶しなくした雌を用いて、雄の行動の指標を測定する。仮説2を検証するために、翅を切って求愛歌を出せなくした雄を用いて、雌の行動の指標を測定する。




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