つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310768

ゾウリムシの浸透圧変化による細胞の形態変化と機械刺激感受性との関係

酒井 祐介 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:大網 一則 (筑波大学 生命環境科学研究科)

導入

 ゾウリムシは体表に生えている多数の繊毛を打つことにより遊泳する。また、 ゾウリムシは外界からの物理刺激や化学刺激に対して様々な反応行動を示すことが知られている。例えば、ゾウリムシが前進遊泳中に障害物に衝突したり、特定の化学物質に遭遇すると、後退遊泳を行い、方向転換をしたのち、再び前進遊泳に戻る。このようなゾウリムシの遊泳行動は膜電気現象により制御されていることがわかっている。機械刺激で生じる後退遊泳はCa依存性の繊毛逆転機構が活性化することにより生じ、その際のCaイオンは活動電位により細胞内に流入する。また、活動電位は脱分極性の機械刺激受容電位により誘発される。従って、機械刺激に対する回避行動を制御する反応連鎖の第一段階は細胞膜での刺激の受容である。ゾウリムシの機械刺激の受容系に関しては、重力走性に関連した研究がなされているが、 未だ仕組みが判明していていない部分が多い。

 この研究では、細胞膜の変形、特に細胞膜に働く張力と機械刺激感受性との関係を明らかにすることを目的とした。

方法

 ゾウリムシ(Paramecium caudatum)は麦藁の抽出液を用いて培養した。実験には標準溶液(1mM KCl, 1mM CaCl2,1mM Tris-HCl, pH 7.4)を用いた。ゾウリムシに浸透圧の変化を与える時には標準溶液にSorbitol (最終濃度100-160mM)を加えて浸透圧を調整した溶液を用いた。ゾウリムシの体積変化は細胞を実験溶液へ移した後、実体顕微鏡下で観察し、写真に記録した。体積の算出方法は、 ゾウリムシを回転楕円体と仮定し、細胞の幅および長さから算出した。ゾウリムシの機械刺激感受性は、スライドガラス上に作った幅10mm四方、高さ1.2mmの実験水槽の中央に障害物として方形のガラス片を置き、ゾウリムシが衝突したときの後退遊泳から調べた。

結果

 初めにゾウリムシの成長曲線とその各段階における細胞の形態を記録した。ゾウリムシは植え継ぎ後1日の誘導期の後、増殖期に入り、培養8日目以降に定常期に入った。細胞数は、その後、若干の上下を繰り返しながら緩やかに減衰した。この中で、定常期、特に培養10日前後の個体の状態が安定し、観察に適していたので、以降培養9-12日目の個体を実験に用いた。

 培養中のゾウリムシは標準溶液に移すと浸透圧が変わるために体積が変化した。相対体積は時間0分を1とすると10分で1.15と最大になり、その後30分までは減少し、30分から120分までは0.96の一定値を示した。以降の実験では、標準溶液に1時間以上順応させた個体を使用した。

 標準溶液に順応させた個体を異なる濃度のSorbitol溶液に移し、体積の時間変化を測定した。160mM Sorbitol溶液中では、ほとんどの細胞は遊泳行動を示さなくなり、40分以降に死滅する個体が出てきた。140mM Sorbitol溶液では、移行後10分で相対体積が0.64となり、一旦安定した後、30分から再び体積が小さくなり、40分以降では0.56に安定した。120mMでは、移行後10分で相対体積0.64まで減少し、以降30分までは徐々に体積が減少して0.60で安定した。100mMでは、移行後10分で最小相対体積0.67になり、20分で0.72に安定した後、40分以降は体積が回復し始め、最終的に0.90まで回復した。以上の実験から、浸透圧変化を与える溶液として、体積変化が比較的大きく、また、安定する140mMおよび120mM Sorbitol溶液を使用することにした。

 次に細胞の機械刺激感受性について検討した。まず、コントロールとして、標準溶液に順応させた個体の前進遊泳速度を計測した。ゾウリムシの遊泳速度は0.8-2.7mm/secとなった。同様に、標準溶液中で、障害物にぶつかったゾウリムシの後退遊泳時間を測定した。ゾウリムシの後退遊泳時間は、遊泳速度1.5-2.5mm/secの個体に関しては1.0-2.2secであった。遊泳速度が1.5-2.5mm/sec以外の個体は、後退遊泳をほとんど示さなかった。なお、測定した個体の障害物への衝突の入射角度は、80-100度である。また、140mMおよび120mM Sorbitol溶液での遊泳速度および後退遊泳時間に関しては、現在計測中である。

考察

 今回の実験で、ゾウリムシを高い浸透圧の溶液に移すと、細胞体積が40%以上変化した。これは表面積で考えるとおよそ30%の変化となる。細胞表面で生じる実際の張力は明らかではないが、この変化は膜にかかる張力を有効に変えていると考えられる。今後、細胞の表面積が張力と反比例する等の仮定を用いて、細胞表面の張力と刺激応答性の関係を調べる予定である。

 ゾウリムシは与えた浸透圧変化に対して異なる時間経過の体積変化を示した。初めに生じた体積変化は、浸透圧の変化により細胞の水分が細胞外に流出することにより、弾性を持った細胞の表層構造が収縮するために生じる比較的物理的な反応であると考えられる。一方、これに続いて2-30分後から始まる体積変化は、浸透圧変化に対する細胞の生理的な応答を反映している可能性がある。

 ゾウリムシの活動電位は全か無かの法則に従わず段階的である。ゾウリムシの遊泳速度が早く、衝突時に加わる機械刺激が強いと、機械刺激受容電位が大きくなり、そのためにより大きな活動電位が生じる。これにより、活動電位に伴って流入するCaイオンが増えるため、ゾウリムシは顕著な後退遊泳を示すと考えられる。この時、刺激の強度に対応する遊泳速度と後退遊泳の持続時間の間には、ある範囲で比例関係が存在することが予想される。この比例部分の傾きが、細胞の機械刺激感受性を表している。従って、後退遊泳の持続時間を計測することにより、機械刺激の感受性を評価することが可能であると考えられる。

 しかしながら、今回の実験で見られたゾウリムシの回避反応は、機械刺激強度の上昇に対して、比例せず、遊泳速度がある一定範囲内にある場合にのみ、一定時間の後退遊泳反応を起こした。

 今後さらに実験条件を検討し、細胞の機械刺激感受性を有効に検出する実験系に改良する必要がある。


©2007 筑波大学生物学類