つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310769

カタツムリにおけるアルミニウムの吸収と神経毒性に対する外液 カルシウム濃度の効果

佐藤 寛明 (筑波大学 生物学類 4年)   指導教員:大網 一則 (筑波大学 生命環境科学研究科)

序論
 アルミニウムは酸素、珪素に続き3番目に多く地殻に存在する元素である。自然界において単体では存在せず、ボーキサイトに含まれるアルミナのように酸化物を作る。近年の研究により、アルミニウムは生物に対して、様々な効果を持つことが明らかになりつつある。その中でも特に注目すべきは、アルツハイマー性痴呆との関連性である。これは動物の神経に対してアルミニウムが毒として作用し、その結果、アルツハイマー性痴呆が生じるのではないかという考えである。アルミニウムは、まず生物体内に吸収、蓄積され、その後に、毒性を現すと考えられている。
 アルミニウムと同様に多価の陽イオンであるカルシウムは、筋収縮や脳での記憶等、数多くの生命現象に重要な役割を果たしている。また、植物の細胞壁ではカルシウムが吸収される際にアルミニウムが拮抗的に働くなど、カルシウムとアルミニウムの相互作用が存在することもわかっている。
カタツムリは神経生物学の実験材料として知られており、その行動を指標として神経毒性を評価するモデル生物として用いられている。近年では、アルミニウムの吸収と神経毒性の関係を調べる実験が行われており、アルミニウムがカタツムリの行動を鈍らせるという重要な事実が示された。
 今回の実験では、カタツムリを対象として、アルミニウムの吸収や神経毒性に対して、カルシウムがどのように働くかを検討することを目的にした。
材料と方法
 実験に用いたのは、水棲のカタツムリ(Lymnaea stagnalis)である。イギリスのウェールズ地方で採集したカタツムリは実験水槽中で飼育した。飼育の際に、通常の飼育に用いる外液カルシウム濃度の溶液(80mg/l)に加え、カルシウム濃度を増減した(20mg/lおよび200mg/l)溶液を用意し、それぞれに対してアルミニウム(0.5mg/l)を与えた場合と、対照としてアルミニウムを与えない場合を作った。異なる条件の水槽にはそれぞれ35匹のカタツムリを入れ31日間飼育した。
 アルミニウムの蓄積量は、飼育5、11、21、31日目に各水槽から5匹のカタツムリを取り出して測定した。カタツムリの体内でのアルミニウムの蓄積部位を調べるために、カタツムリの体を消化腺とその他の部分に切り離し、それぞれの部位を過酸化水素水と硝酸を用いて溶解した後、原子吸光装置(IPCOES)を用いてアルミニウム濃度を調べた。
 カタツムリの活動性は2日に1回、各水槽から10匹のカタツムリを取り出して調べた。活動性の評価は移動、摂餌、触手の突き出し等について、それぞれ、活動性を5段階にわけ、カタツムリの活動性を数値化して行った。数値が大きいほど、カタツムリの活動性が高いことを示している。
結果
 初めにカタツムリ体内のアルミニウム含量を調べた。個体全体で見ると、標準のカルシウム濃度(80mg/l)では、飼育の日数が多くなるに従い、アルミニウムの蓄積量が増加した。外液中のカルシウム濃度を変えた場合も同様に飼育日数が増すに従いアルミニウム含量が増したが、その絶対値はカルシウム濃度が低いとき(20mg/l)も、高いとき(200mg/l)も、標準のカルシウム濃度の場合と比べて顕著に大きかった。
 次に、アルミニウムの蓄積を消化腺とそれ以外の部位で比較した。消化腺以外の部位でのアルミニウムの蓄積に対するカルシウムの効果は個体全体の場合と同様の傾向を示した。消化腺で調べると、外液カルシウム濃度が低い時と標準では有為な差が見られなかったが高い時にのみアルミニウム蓄積の増加が見られた。
 カタツムリの行動に対するアルミニウムとカルシウムの効果を調べた。アルミニウムを含まない水槽で飼育したカタツムリは、飼育日数が長くなっても活動性の低下が見られなかった。この傾向はカルシウム濃度を増減させても同様であった。カルシウム濃度はカタツムリの行動に影響していないと考えられる。一方、アルミニウムを含んだ水槽で飼育したカタツムリは、標準濃度のカルシウムで飼育したときには飼育日数が増えるに従い活動性が低下した。これに対し、低濃度と高濃度のカルシウムで飼育したものでは、活動性の大きな低下はみられなかった。
考察
 今回の実験から、カタツムリのアルミニウム吸収には外液のカルシウム濃度が大きく影響することが明らかとなった。カルシウムの効果は濃度に比例したものではなく、通常より高い時も、低い時にもアルミニウムの蓄積を促進するという特徴的な物であった。アルミニウムの蓄積は吸収と排泄のバランスによると思われる。カルシウムが多い場合にも、少ない場合にもこのバランスの崩れが生じて蓄積が増す可能性が指摘される。
 アルミニウムの蓄積部位もカルシウム濃度により異なっていた。アルミニウムの蓄積の場所や機構がカルシウムの濃度により変わると推測される。
 行動に関しては、アルミニウムがカタツムリに毒性を持つことが確認された。この時の体内アルミニウム濃度は、外液中にアルミニウムを加えないときと比べて10倍ほどである。また、カルシウム濃度の増減はアルミニウムの毒性を減少させることも明らかとなった。これらの条件ではアルミニウムの蓄積量が大幅に増している(コントロールの40倍ほど)にもかかわらず、毒性が減少していた。アルミニウムはイオンの他、様々な形の水酸化物として存在するが、毒性を持つのは、Al(OH)3のコロイド状態の物である。カタツムリに蓄積したアルミニウムがすべて有害な形であるとは考えられず、吸収が増したアルミニウムをカタツムリが積極的に無害化して蓄積している可能性も否定できない。このような防御反応の結果がアルミニウムの大量蓄積につながっているのかもしれない。
 今後、カルシウム濃度変化により、アルミニウムの状態、吸収の仕方がどのように変化するのかを化学的、生理学的に見ていく必要がある。また、蓄積部位をより細かく検討する必要がある。


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