つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310771

結実期の異なるサクラ属2種の鳥による種子散布パターン

澤 綾子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鞠子 茂 (筑波大学 生命環境科学研究科)

□はじめに
  種子散布は個体群動態を左右する重要な過程である。温帯の森林で液果をつける樹木の多くは、結実期が秋の鳥の渡りの時期と一致するため、種子散布に有利であると考えられている。一方、鳥が少ないため散布に不利な夏に結実する液果樹木もわずかながら存在する。夏結実種が秋結実種と同所的に個体群を維持するための機構として、@鳥が少なくても秋と同等の種子散布効率を得ることができる、または、A鳥による種子散布効率は低いが、生活史の他の段階で個体群を維持できるように適応している、という2つの仮説が考えられる。そこで本研究は、同属で冷温帯林に広く同所的に分布する夏結実のカスミザクラ(Prunus verecunda)と秋結実のウワミズザクラ(P. grayana)の鳥による種子散布パターンを比較し、仮説の検証を行った。

□方法
  調査は、2006年5〜12月に茨城県北茨城市の小川試験地(6ha)において行った。小川試験地には4種のサクラ属樹木が同所的に分布しているが、個体数の多いカスミザクラとウワミズザクラの2種を対象に以下の調査を行った。
 結実フェノロジーを調べるため、両種の結実個体の果実成熟過程を1週間おきに観察した。また、種子の散布時期を特定するため、両種の樹冠下にシードトラップ(0.5m2)を設置して鳥散布による種子落下数を計測し、同時に樹冠を訪れる鳥をポイントセンサス法で記録した。さらに試験地内に散布された種子の分散パターンを調べるため、6ha全域にシードトラップを14m 間隔で格子状に設置した。得られたパターンから、種子散布効率の指標として果実の持ち去り率[鳥散布種子数/(自然落下種子数+鳥散布種子数)]と散布種子の成木からの距離分布を推定した。

□結果
 結実フェノロジーを観察した結果、カスミザクラ、ウワミズザクラの果実成熟期は重ならず、それぞれ7月から8月上旬、8月下旬から10月上旬であった。
 カスミザクラの散布種子数は少なく、散布時期が不明瞭であったのに対して、ウワミズザクラは散布種子数が多く、明瞭な散布時期があった(図2)。また、カスミザクラにはほとんど鳥が訪れず、2種しか観察されなかったのに対して、ウワミズザクラには頻繁に鳥が訪れ、9種が観察された。
 種子の分散パターンから推定したカスミザクラとウワミズザクラの果実の持ち去り率はそれぞれ0.16、0.85であり、カスミザクラの方が低かった。また、散布種子の成木からの距離分布の結果から、カスミザクラとウワミズザクラの種子がランダムに散布されていた距離はそれぞれ15〜20m、15〜65mであり、カスミザクラのほうが短かった(図3)。

□考察
 カスミザクラはウワミズザクラよりも散布の時期が不明瞭であり、鳥が訪れた回数や鳥種数も少なかったことから、鳥による種子散布があまり起こらなかったと考えられる。また、種子の分散パターンの結果から推定された果実の持ち去り率、散布種子の成木からの距離分布は、ともにカスミザクラの方が低い傾向を示した。これらの結果は、夏結実のカスミザクラは秋結実のウワミズザクラよりも種子散布効率が低いことを示唆している。したがって、夏結実のカスミザクラがこの森林群集で個体群を維持する機構としては、仮説@よりもAが妥当であり、カスミザクラは生活史の種子散布以後の段階で個体群を維持できるように適応していると考えられる。



 

図1.鳥散布種子(左)と自然落下種子(右)の写真。鳥散布種子は鳥によって排泄された際に果皮が剥がれ落ちるので、自然落下種子と区別できる。


 

図2.樹冠下での鳥散布種子数の季節変化(±S. E.)。図上部の塗りつぶしと白抜きの棒は、それぞれカスミザクラとウワミズザクラの果実成熟期を表す。


図3.散布種子の同種成木からの距離分布。網かけは95%信頼限界の範囲を表す。横棒は信頼限界の範囲内の距離を示す。


©2007 筑波大学生物学類