つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310773

ラン藻のマルチストレスセンサーHik33のシグナル検知ドメインの機能解析

志村 遥平 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鈴木 石根 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
生物は刺激・ストレスにさらされると、様々な遺伝子の発現を調節し環境に適応する。そのため、生物には様々な刺激感知のためのセンサー、また、そのシグナルを細胞内で遺伝子に伝えるためのシグナル伝達経路が存在する。ラン藻をはじめとする原核生物には二成分制御系というシグナル伝達経路が存在する。二成分制御系とは外界からの刺激を感知するヒスチジンキナーゼ(Hik)と、そのヒスチジンキナーゼからのシグナルを受け取り細胞にさまざまな応答を引き起こすレスポンスレギュレーター(Rre)の二種類のタンパク質から成るシグナル伝達経路である。Hikが外界からの刺激を感知すると、Hik内の特定のヒスチジン残基が自己リン酸化し、自己リン酸化し活性化したHikはそのリン酸基を自己と対応する特定のRreのアスパラギン酸残基に転移する。そうしてリン酸化し活性化したRreは遺伝子の発現などを制御し、これにより生物は様々な環境変化に対応している。 ラン藻ではこれまでに遺伝子破壊株やマイクロアレイを用いた網羅的な解析によって様々な環境に応答するセンサー・シグナル伝達経路が明らかにされてきた。その中にラン藻Synechocystis sp. PCC 6803に存在するHik33というヒスチジンキナーゼがある。Hik33は低温、酸化、強光、高塩濃度、高浸透圧、という少なくとも5つのストレスを感知するマルチストレスセンサーであり、低温、酸化、強光ストレスのシグナルはRre26に、高塩濃度、高浸透圧ストレスのシグナルはRre31に送り、それぞれのストレスによって異なる遺伝子群の発現を調節することから、複数のストレスをそれぞれ別のストレスとして感知することが知られている非常に珍しいタンパク質である。本研究ではこのヒスチジンキナーゼHik33がどのようにして複数のストレスをそれぞれ別のストレスとして感知しているのかを解明するために、Hik33のシグナル検知ドメインの機能を解析する。Hik33は、N末端から、膜貫通ドメイン(TM1)、膜外に突出しているループドメイン、膜貫通ドメイン(TM2)、HAMP (histidine kinase, adenylyl cyclase, methyl-accepting chemotaxis protein, phosphatase)ドメイン、PAS (period circadian protein, aryl hydrocarbon receptor nuclear translocator protein, single-minded protein)ドメイン、ヒスチジンキナーゼ(Hik)ドメインという構造をしており、N末端のTM1ドメインからPASドメインまでがシグナル検知に関わるドメインと推定されている。

方法・結果
Synechocystis sp. PCC 6803は遺伝子組み換えが容易な生物で、外界に存在するDNAを細胞内に取り込み、自ら相同性を持つ配列間でDNAの組み換えを行う。本研究ではまず、Hik33ドメイン欠損株を作製する前段階として、カナマイシン耐性遺伝子と枯草菌のsacBという遺伝子のカセットを作製し、hik33構造遺伝子とこのカセットを置き換えたsacB遺伝子はレバンスクラーゼをコードし、この遺伝子を持つグラム陰性菌はシュークロース存在下で培養すると、致死となることが知られている。このように作製された変異株は、カナマイシンに対し耐性を示し、培地に添加したシュークロースに致死性を示した。したがって、2回目の遺伝子操作(ドメイン欠損hik33遺伝子との遺伝子組み換え)ではシュークロースにより選別できることがわかった。そこで、Hik33のシグナル受容に関わると推定されている各ドメインの機能を明らかにするために、それぞれのドメインに相当するDNA領域をPCR法により増幅し、それらを組み合わせることにより、遺伝子組み換えに使用するドメイン欠損hik33コンストラクトを作製した。本研究ではTM1ドメイン欠損株(A)、HAMPドメイン欠損株(B)、PASドメイン欠損株(C)、HAMPドメイン・PASドメイン欠損株(D)の4つの欠損株を作製することにした(図)。また、コントロールとして、野生型のHik33遺伝子を組み込んだ株(@)、シグナル検知ドメインを全て欠損させたヒスチジンキナーゼドメインのみのHik33変異株(E)も作製することにした(図)。現在、作製したコンストラクトを用いてHik33のドメイン欠損株を作製中である。Hik33ドメイン欠損株が出来次第、それらの欠損株を用いて、それぞれのストレスについて下流の遺伝子発現を解析し、欠損したドメインが複数のストレス感知にどのように関わっているのかを考察する予定である。




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