つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310774

真核細胞遺伝子の転写における核内時空間的制御

徐 首一 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:永田 恭介 (筑波大学 人間総合科学研究科)

<背景>
 遺伝子の発現制御は生命の中枢をなす現象である。真核生物での遺伝子発現の第一段階はDNAからRNAへの遺伝情報の転写であり、その制御機構の解析は生命システムの理解に不可欠である。転写制御の根幹は、遺伝子のプロモーターやエンハンサーとこれらに結合して機能する因子群である。しかし、制御される遺伝子とは遠く離れた異なる染色体部位が制御に関わる場合や、X染色体サイレンシングやショウジョウバエで報告されているトランスベクション機構のような同一染色体に位置する調節配列による制御だけでは説明が難しい現象がある。すなわち、ある遺伝子の発現が別の染色体に位置する調節配列との相互作用によって制御を受けるという機構であり、その基本的な問題として染色体間相互作用が挙げられる。具体例として、ヒトのナイーブT細胞において第10番染色体に位置するIFN-γ遺伝子は、第11番染色体に位置するTh2サイトカイン遺伝子群の調節配列と共局在することで発現が抑制され、この共局在の消失とともに抑制が解除されることが報告されている。他にも、個体成長に関わるlgf2遺伝子についても同様な機構が提唱されている。

<目的・材料>
 本研究では、インターフェロン(IFN)刺激で発現誘導される一連の遺伝子群(ISG; Interferon Stimulated Gene)を用いて、染色体間相互作用による遺伝子発現制御機構の探索を目的とする。IFNは細胞で抗ウイルス状態を誘起する作用をもつサイトカインで、その際数百に及ぶISGが発現誘導される。ISGの発現は時間的に同調しており、制御に関わる因子の量も限られていることなどから、多数の染色体に分散したISGの統一的な発現制御機構が存在することが考えられてきた。

<方法>
・ISGの選択
 ISGは数百にも及ぶので、異なる染色体に位置するISGを選択した。次に、それらがIFN-βによって発現誘導されるかをチェックするため、HeLaS3細胞にIFN-β(1000 IU/ml)を添加し、それぞれのISGから転写されたmRNA量の経時的な変化をRT-PCRで調べた。
・ISGの観察
 ISGの核内での局在を知る方法としてFluorescence In Situ Hybridization(FISH)法を用いた。FISH法にはISGの遺伝子配列と、その上流または下流の配列の一部をプローブして用いた。dUTP-BiotinやdUTP-DIGで標識したプローブをNick Translation法で作製し、固定した細胞を用いたハイブリダイゼーションに用いた。プローブの検出には、FITCまたはAlexaのような蛍光色素を共役している抗体を用いた。検出の簡便なrRNA遺伝子を用いて、FISH法の条件検討を行った。

<結果・考察>
・ISGの選択
 RT-PCRの結果、選択したISGはIFN-βによって発現が誘導されることが確認できた。興味深いことに、選択したISGの中には転写量がピークに達するのが早い遺伝子と遅い遺伝子があった。
・ISGの観察
 rRNAを対象としたFISH法を用いて、本法を至適化することができた。現在選択したISGについて2色以上のFISHを試みており、これを用いて発現誘導されたISG同士の相互関係を観察する予定である。

<展望>
FISH法の観察により、IFN添加に依存したISGの局在変化が認められれば、その局在変化を引き起こしている実行因子を同定し、さらにはそのメカニズムを3CやChIP、immuno-FISHなどの方法を用いて解析する計画である。
個々の染色体は核内で一定の部位に分布が限定されていて、染色体テリトリーと呼ばれる構造をとって存在している。さらに、核マトリックスや核スペックルのようなクロマチンを超える高次構造も存在している。これらの核高次構造が遺伝子発現制御に関与していることが想定できる。これにより、今後は染色体相互作用による遺伝子発現制御に限らず、核構造に起因した高次な遺伝子発現制御機構の可能性も検討する必要がある。さらに、分化段階や細胞周期といったIFNによる誘導系以外のより一般的な生命現象に関わる遺伝子発現制御機構について、染色体や核高次構造の視点から解析をしていく予定である。


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